古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

『カポーティ』を見た

 『冷血』というドキュメント小説を書いたトゥルーマンカポーティの実録映画を見ました。いつものようにネタバレ満載でお送りするので、これから楽しみにしている人は、絶対にここから先を読まないように。

 映画としてはやや退屈な趣があって、途中寝そうになりました。殺人犯との交流をしていくのですが、その殺人犯があんまり怖くないというか、特に特徴もないような普通の人でちょっと肩透かしを食います。だからなお殺人事件が身近なものとしての恐怖があるのかもしれません。

 当時の警察の様子や裁判の様子などがちょっと物珍しいです。死刑の場面も迫力がありました。

 なにより興味深かったのは、カポーティの仕事振りで、この取材を通して、それまでヒット作があったとは言え、事件のルポ以外に仕事をしてなかった事です。しかも、そのルポもかなり取材が進んだ後で、それまでは取材以外仕事してないわけです。取材と言っても、みっちり丸一日掛かるような準備をしている感じもなく、ルポライターや小説家はそういうものなのかもしれないですが、だから酒飲んだり余計な事を気にしたりするんだよと思いました。

 これでは鬱っぽくなって当然! この『冷血』を最後に作品を書かなくなって、後にアル中で死んでしまいます。

 前から感じている事ですが、100メートルを10秒で走れる人は走ってないとダメだと思います。続けてないと走れなくなるでしょう。せっかくの大切な能力です。楽だからと言って、寝てばかりいても楽しくないですよ。気持ち悪くなります。オレのおじいちゃんは、体がどこも悪くなかったのに、老人性の鬱になって家でごろごろしていたら、そのまま本当に寝たきりになっちゃいました。もう10年以上寝たきりなんじゃないでしょうか。かわいそう。パチンコでもなんでもいいから楽しみを見つけて外出する習慣をつけていればこんなことにならなかったのに。

 オレは一人で仕事してますが、アシスタントに背景を描いてもらうようになったら、自分で描くのが億劫になりそうで、それが怖くて仕方がない。パソコンで仕上げするようになってから、もう手描きなんて冗談じゃないですもんね。

 マンガは手間暇掛かるので、構成は脳から汁が出るほどしんどいですが、作画に入ると完全に肉体労働で、そこが健康にいいような気がしてるんですよね。アホみたいに面倒で時間が掛かりますからね。これが一日2〜3時間で済むような仕事だったら、精神がまいってしまいそうです。仕事がありさえすればですが、労働に対する対価も丁度いいんじゃないでしょうか。会社員のような安定感はないけど、換算するとバイトより時給がよくて、通勤がない。こんな生ぬるい生活にどっぷり浸かってしまったせいで、もうどこかに勤めるなんてよっぽどの覚悟がない限り考えられません。その分稼ぎがないので、負け惜しみですけどね。

 それから人がお酒を飲む時間に仕事しているので、お酒を飲まなくて済むのもいいです。

 結局何が言いたいかと言うと、カポーティも時間が掛かって体が疲れるような仕事があると、割と容易に充実感が得られて、気分よく眠れてお酒に何かを求める必要もなくてよかったんじゃないかと思ったということです。主役の人の芝居はすごくて、カポーティが変な人だったというのがよく伝わりましたが、この映画を見てあんまり『冷血』が面白そうに感じられないのはちょっと残念でした。『冷血』は前にちょっと読もうとして挫折したので、これを契機にモチベーションが上がらないかと期待してたんですよね。