古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

『黒澤明VSハリウッド』を読んだ

 ずっと前に図書館で予約していた『黒澤明VSハリウッド 「トラ・トラ・トラ!」その謎のすべて』という本が入った連絡を受け取り、読みました。500ページ近くあって、値段も2476円もするので買いたくないなーと思っていたら、沼垂図書館にありましたネットを使って予約したのが9月で、2ヶ月も掛かりました。図書館で取り寄せの注文を出すとすぐなのに、一体どうなっているのだろうと思わなくもないですが、こんな高価な本を無料で読める図書館制度は本当に素晴らしいです。

黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて

 さて、本の内容は黒澤明が東宝を退社して独立して、ハリウッド資本による『爆走機関車』の製作を断念するところから始まります。その挫折の後にフォックスからの依頼で『トラ・トラ・トラ!』という真珠湾攻撃の映画を作るに当たって、日本側のパートを演出して欲しいという依頼を受け、意欲を持って取り組むも、撮影3週間で降板させられます。その事件の裏に何があったのかを事細かにレポート、検証します。フォックスに撮影日誌や契約書などいろいろな資料が残っていてその分析や、日本側の関係者に取材するなど、ミステリーを解くように話が進みます。

 黒澤明が、プロの役者を使わず、山本五十六に顔が似てる会社の社長など、顔で素人から役者を選んだり、現場で奇行を繰り広げたり、毎日寝ないで酒を飲んで現場に現れたりと、これまで作品作りの方針の食い違いで降ろされたイメージがあったのですが、むしろフォックス側は最後の最後まで黒澤を大切に扱い、尊重していました。ぶち壊したのは黒澤に問題があったことが浮き彫りになります。黒澤の言動や狂いっぷりが覚醒剤中毒の人に近いのでもしかしたらそうだったのではないかと邪推してしまいます。例えば、当時京都の撮影所では東映やくざ映画が作られていて、その出演者が本物のヤクザでないかと怯えてガードマンをつけさせたりしてます。

  『トラ・トラ・トラ!』を製作に当たって、それに至る映画作品が何本か紹介されていました。この本をより立体的に勉強するために関連作品も合わせて見てみました。

・フォックス映画『史上最大の作戦
 ノルマンディ上陸作戦をアメリカ、イギリス、フランス、ドイツの立場から監督を三人立てて客観的に描く。この映画の成功があって会社とプロデューサーは『トラ・トラ・トラ!』を企画した。3時間に及ぶ超大作で、冒頭の45分はとにかく会議会議で超退屈。軍の将校などが何人もテロップつきで紹介されるが顔も名前もほとんど把握できない。戦闘が始まってからは、迫力のある戦闘場面が延々と続き割りと面白かった。大規模な空撮による1カットの戦闘場面もすごかった。ただ、白黒なのが地味で辛かった。戦闘場面を楽しむだけなら『プライベートライアン』の方がずっと怖くてすごい。

・東宝映画『ハワイ・マレー沖海戦
 戦争中に製作された戦意高揚映画(なのかな)。黒澤明の師匠である山本嘉次郎監督作品。少年兵が海軍に入り、真珠湾攻撃に参加する模様を描く。それとは全く分断された形で、ドラマの流れとは関係なくマレー沖海戦での勝利も結末に挿入される。海軍が撮影に協力しているので、新兵から寝起きしたり訓練したり、相撲を取ったりしているのが恐らく全部本当の海軍の人たち。軍艦なども本物っぽかった。そのせいか、出撃に際して軍曹みたいな人の演説が丸々全部収録されていて退屈だった。何を言っているのかよく分からなかった。真珠湾攻撃の特撮は円谷英二が担当したそうだ。当時の軍の様子や、反戦でない日本の戦争映画というのが新鮮だったし、海軍の人たちはびしっとしていてかっこよかった。1時間50分くらいだったが貴重映像満載で演説以外はそれほどきつくなかった。それにしても白黒映画はしんどい。

・フォックス映画『トラ・トラ・トラ!
 黒澤明が降りた後に、舛田利雄深作欣二が日本パートを撮影して完成させた。これがまた海戦まで1時間以上会議会議の映画だった。合計時間2時間半できつかった。しかしカラーでの迫力ある戦闘場面はよかった。ゼロ戦がアメリカ海軍を滅茶苦茶にしてやるところはよかった。黒澤映画のような重厚さはなかったのだが、そもそもアメリカ側は黒澤担当ではないので、実際黒澤が降りなかったらどうなっていたのか、あまり想像がつかない。日本側の脚本は黒澤のアイデアが採用されているそうなので、黒澤テイストは残っているはずなのだが、黒澤的な感じはよく分からなかった。とにかく戦争場面以外は退屈で死にそうだった。なぜ『朝生』や『サンプロ』の会議は面白いのに、エンターテイメントである映画の会議の場面はつまらないのだろう。

 こんな機会でもなければまず見る機会はないと思って見たけど、きつかった。できれば胸躍るわくわくするような映画が見たい。

 この映画で挫折した黒澤は2年後自殺未遂をして、『どですかでん』を撮り、エンターテイメントに戻って来なくなってしまった。『暴走機関車』は昔ハリウッド映画で見たけどあまり面白くなかった。これが最後のエンターテイメントの企画だったのではないだろうか。ロシア資本、オールロシアロケによる『デルス・ウザーラ』という作品も見ようと思ったのだが近くのレンタル屋にはなかった。残念。

 とにかく、黒澤明がハリウッドでエンターテイメント作品で成功していたらどうなっていたのか、大変悔やまれる結果であった。ちなみにオレが好きな黒澤映画は『野良犬』と『天国と地獄』です。全部見たわけではないですけどね。

 戦争について思うとき、戦争の時代は言論の自由もなくとにかくひどかったというイメージがある。今は軍がなくて、徴兵もなく、自由気ままに生きられていいとされている。しかしアメリカは軍もあるし自由もある。韓国や台湾は兵役があるが、それが終われば割と自由がある。日本も戦争で勝っていたら、割とそんな雰囲気になっていたのではないだろうか。憲兵がいつでも監視しているような世の中にはならないような気がする。それにしてもアメリカはなぜ何をやっても強いのだろう。日本人はとにかく根性で追い込んで追い込んで強さを発揮するイメージがあり、アメリカはエンジョイしながら勝つような雰囲気だ。エンジョイしながら勝たれたら、形無しなのだが、実際のところそのリラックスしたところが強さの秘密なのか。それとも肉体がはるかに優れているから余裕なのだろうか。追い込まないわけでも根性がないわけでもないのだろうか。それでもあんまり我慢しているイメージがない。それを出すのがかっこ悪いという美意識なのか。軍を見ても、日本軍やドイツ軍ほどビシッとしてない。アメリカ軍はどことなくだらっとしている。それで勝つし、そもそも敵から逃げないのが、自由を標榜しているのに不思議だ。