古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

枡野浩一さんの本を読んだ

 『結婚失格』と『ショートソング』という連続して出版された本を読みました。

・『結婚失格』
 冒頭の短歌と、後書きと解説にものすごい気合が入っている一方、小説本文が随分あっさりしているという感じがしました。

 芸能人などが小説を執筆する場合、自伝で書くと弊害があるので、小説の体裁にして過激に表現するというような事を吉田豪さんの書評で読んだことがあり、これはきっとそういう事なんだろうと思って身構えて読み始めました。確かに、『あるきかたがただしくない』では知らなかった情報や行為や感情が描かれていて、面白かった。でも期待していたのは魂の咆哮のようなものであったので落ち着いたトーンに肩透かし感があった。

 それから一番気になるのは、主人公の職業がAV監督で、登場人物にAV男優がいるのに、エロ描写がゼロだった。オレはエロ人間なので、そこはどうしても期待してしまう。AV女優についてもほとんど何もなかった。エロ業界の人によく感じる病んだようなものも全然なかった。でもそういうのはありがちなので避けたのでしょうか。

 事前に抱いていたイメージは、書評小説とあるし、結婚に失格とあるので、読んだ本を矢鱈滅法こきおろして、結婚に対しては世間の結婚イメージを破壊し尽すような暗澹たる内容のものだった。勝手な思い込みを抱くこっちがおかしいのですが……。

 そうは言っても、保育園の散歩を待ち伏せして息子さんとお会いになる場面は本当に切なくてじんじんしました。結婚相手の不都合がなくても不平不満を勝手にでっちあげて自分の周りを敵と味方に色分けするタイプではないでしょうか。オレもそういう人と付き合ったことがあるのだが、そういう人と付き合うのは難しい。

 でもあんまりひどいことを書くと、将来的に息子さんに会いづらくなってしまいますもんね。軽蔑されてもまずいですので、そこは充分に配慮しなければいけません。

 物悲しい小説でした。ルールを破る人はそのうちバチが当たりますよ。オレはそれを信じて、自分も相当まずいのですが、それでもなるべく正しく生きて行こうとは思っているのです。とにかく自分を正当化するのが得意な悪人にはたっぷりバチが当たって欲しいんです。いろいろ考える機会をいただける面白い小説でしたし、何より枡野さんに興味を持っている人には重要な作品です。


・『ショートソング』
 こっちは、大変に楽しく読めるエンターテイメント小説だった。短歌を愛好する若者が恋をしたり童貞だったりする物語で、特に素晴らしいのは、短歌を実例をもってして、いい悪いを言い合うところだ。同じよさを持つ作品で代表的なのは藤子不二夫A先生の『まんが道』です。

 よくあるじゃないですか、作品中で、作品中の作品が評価されるときに「おー」とか「すごい」とか言って、その作品が読者に示されないものが。オレはそういうの大っ嫌いですね。わかんねーっつの。表現として腰が引けている感じにとにかくイライラする。だったら始めから書くなと思う。

 それが、この小説では、いいか悪いか読者がきちんと判断できるように、短歌が実際の作品で揚げられている。いろいろな歌人が書いた作品で、巻末にはどれが誰の短歌なのかリストがついている。短歌の素晴らしさを本当に示して、その短歌が物語の中で生まれた過程もいい具合に調整されていて、物語りも短歌も相乗効果でどっちもより魅力的に伝わるようになっているのではないでしょうか。

 藤子不二夫A先生の『まんが道』は、そのマンガ人生で、自らの作品をきちんと晒して、どのような作品がその時代にどのように受け取られたのか、実例を持って示していて、逃げも隠れもしない姿勢が素晴らしい。その上、昔の原稿を再利用で再び原稿料がもらえてうらやましい。とにかく、音楽や何か作品を提示してその才能を発揮するような場面で、特にマンガなんて音が出ないもんだから、やりたい放題だ。オレはそういうのは割り引いて見ることにしている。

 それからこの小説では前半の、知っている歌人の女がAVに出ていて、そのDVDを見た見ないで、誤解をしたまま物語が進行するところがある。オレはこういうちょっと話せば、解決する問題をそのままにして強引にドラマを作るようなのは、すごく冷めるから大嫌いなのだが、この小説では章ごとに、二人の主人公の主観が交互に入れ替わるように書かれていて、それが実に自然に構成されていて、全然嫌じゃなかったというかむしろ、面白く書かれていて、2回声を出して笑った。本当に面白かった。

 気に入らないところは、登場人物が童貞なのにイケメンだとか、女にすぐに好感を持たれる感じなところです。でも、それがメジャー感というもので、オレのマンガが全然売れないのはそれが欠けているからであり、オレが気に入らないと言っている部分は一般的には好まれるところなのだ。そうは言ってもエロ描写もたくさんあるし、欲を言えば、性描写をもっと克明に、おっぱいの形や乳首の色、性器の状態なども描写していただけたら、より最高なのでした。しかし、それもやりすぎると引く人が多いので、現状の方がいいものと思われます。

 読み進んでいるうちに、自分も短歌を詠んでみたいと思いました。この小節では才能あふれる若い歌人が、それでもいろいろと挫折や胸のつかえを抱えています。出てくる短歌は本当に素敵なものばかりです。オレはとにかく才能のない登場人物の、情けない場面を描くのが大好きで、オレのマンガでなんらかの才能のある人なんて出てきた試しがないので、いつかマンガで変な、下らなくてどうしようもない短歌を詠むお寒い登場人物を出してみたいです。