古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

杉作J太郎先生の映画

 先日、『仁義の墓場』を見てからと言うもの、とんでもない映画でとにかく圧倒されたわけです。それで、このタイトルは杉作J太郎先生の映画制作団体「男の墓場プロダクション」の元になっているものと思われます。それで、『仁義の墓場』を見て思いをめぐらしていると、ずーっと気になっていた事がふと解消されました。全く個人的な感情なので、皆様にとって興味のあることでもなんでもなく、何か得する話でもないので、読んでいただくのも恐縮であります。

 右を見ても左を見ても、なにかというと批判やクレームを心配して腰の引けた作品ばかりじゃないですか。あらかじめ言い訳を用意しているような表現、そもそもこのブログからしてそうですよ。そんな作品のタイトル一つ上げられない腰抜けブログです。プロって言えば聞こえはいいですが、「商売で一番大事なのは敵を作らないことだ」と酒屋をやっているおじさんに言われた事があります。全くその通りですよ。だがしかし、オレがやっていることは単なる商売なのか、違うだろと。オレがやりたいのは、何か面白い事を創造してみんなをびっくりさせることなわけで、それはいけない敵を作っちゃまずいですな、なんつってできるかってことなんですよ。

 そこはそれ、空気は一応読みますし、何がなんでも我を通そうにも通るものではないのは重々承知しております。そんなことしていたら一部物好きな雑誌や出版社が取り扱ってくれるだけで、仕事が減るのは目に見えてます。なので、本当に大切な事はしっかり懐に収めて、ここぞと言うときに取り出せるように、常に刃を研いで準備は怠りなくしておこうと思うわけです。

 昨年の4月だったと思うのですが杉作J太郎先生率いる男の墓場プロダクション製作の映画『任侠秘録人間狩り』と『怪奇幽霊スナック殴りこみ』の2本立て映画を下北沢で見ました。レイトショーのみの公開で連日の満員の大盛況で、タコシェの中山社長に整理券を取ってもらって入場しました。映画は荒削りながらも大変面白く、杉作J太郎先生の理念が目一杯詰まっていて素晴らしいものでありました。すぐにでもこのブログなりなんなりでレポートしようと思っていたのですが、どうにもなんて語ったものか、安易で陳腐な言葉を並べてお茶を濁すのは良くないと思っているうちにすっかり機を失って現在に至っておりました。

 それで、『仁義の墓場』ですけど、とにかくひどい男が主人公なんですよ、強姦はするし、気に入らなければ親分だろうが平気で暴力を振るって、ヤクザ社会からもドロップアウトしてヤクに溺れと、散々な人生です。その上全く反省しないですからね。良識ある人が見たら眉をしかめるかどうかって言ったらもう眉が一回転するんじゃないかっていう映画です。深作欣二監督はなぜこんな作品を撮ったのかと考えてみると、やっぱりどうしたって撮らずにはいられない事情があったんでしょうね。いくらでも批判される事は予想できて、それを甘んじて受けようと、機関銃の弾が乱れて飛んでいる中に丸裸で踊り出て行くようなものですよ。渡哲也扮する主人公・石川力夫に対しての共感があったんでしょうね。無難無難で収めていこうとする世の中に対して唾を吐いて生きた石川力夫をどうしても描きたいと思ったんでしょう。もう血だるまですよ。若松孝二監督言うところの『俺は手を汚す』って事なのです。

 杉作J太郎先生と言えば、BUBKAの加護ちゃんへのバッシング記事に抗議してコアマガジンの仕事を全て断るという、それほどの男気があり、なおかつ不器用な人物です。それほどの人が私財を投げ打って全身全霊を込めて製作していた映画です。そのせいで、国民健康保険にも入ってなくてお医者にも掛かれないと、先日対談の時に伺いました。退路を断ちすぎじゃないですかね。『怪奇幽霊スナック殴りこみ』はストーリーが大変面白く、『任侠秘録人間狩り』は杉作J太郎先生の生き様が匂い経つような傑作でした。紹介はいたって普通の感想なのが申し訳ないところです。一人の男が己の全てを賭けて作った映画です。絶対に見ましょう!

 リスクを省みることなく誰が怒ろうが誰が泣こうが、面白いのが思いついて描きたいとなったら描かないといけないんですよ。原稿料がもらえなくても、自費出版になっても、仕事であってもなくても、それが生きる道じゃしょうがないですよね。

 例えば若松孝二監督『水のないプール』、今村昌平監督『復習するは我にあり』、高橋伴明監督『TATOO〜刺青あり』、大島渚監督『愛のコリーダ』、川島透監督『竜二』、長谷川和彦監督『青春の殺人者』、キューブリック監督『時計じかけのオレンジ』、山本英夫さんの『殺し屋1』などなど、軽く思いつきで並べただけですが、これら作品は犯罪や露悪的な題材で道徳的には完全にNGな作品ばかりです。でも、面白く魂をゆるがす最高に素晴らしい作品なんですよ。悪趣味でネガティブな題材なのがいいのかというと、確かにそういう側面はありますが、そういった題材でしか描けない必然によるものであるオレは思います。言わば狂気です。モラルや良心を踏み越えた魂の炸裂を描き、なおかつ作家の魂も炸裂した瞬間が作品として結実しているわけです。そういった作品はこれからますます作られにくい状況になるでしょうが、オレはこれからもそんな作品に触れて行きたいですし、できれば製作もしたいものであります。

 それにしても何でもDVDで買える時代は素晴らしいのですがうかうかしているとすぐに廃盤になるし、だからと言って焦って買っても、また安く再発されしで、なんとも判断が難しい。