古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

祖父が死んでしまいました

 先々週の金曜日から危篤状態だった母方の祖父が、12日間も頑張って途中1回意識を戻したけど、とうとうそれが最後で昨夜亡くなってしまいました。祖父は野球が大変好きで、オレが大学だったか出た直後かくらいに一度、西武球場でオープン戦を一緒に見ました。それがもう15年くらい前でしょうか。祖父と二人きりで出かける事なんてなかったので、何を話したらいいものやら困った記憶があります。国鉄職員で室長助役まで行ったそうで、どのくらい偉いのかよく分からないですが親戚のおばさんが、大した人物らったと誇らしげに語っていました。野球は国鉄職員で作ったチームで二塁手だったそうです。オレは野球は全然できないですが、内野手の連携プレーや球捌きには昔から憧れがあります。祖父はジャイアンツが好きで、長島元監督がセコムのCMをしていたのを見て「巨人軍の監督ともあろう人が金貸しの宣伝をするようじゃおしまいだ」と言っていました。アコムと間違えていたのでした。祖母の話によると、肉が好きで野菜は全く食べなかったそうです。オレは食事は好みよりも健康管理や栄養バランスにしか興味がないのですが、そんな祖父が89歳まで生きたと思うとオレの方針は正しいのか不安になります。10年くらい前から自宅に引きこもり、そのまま体が弱って寝たきりになりました。最近は病室に行っても昼でもずっと眠っていました。最後はまぶたを閉じる力もなくなって、眼球が乾いてぐだぐだになってました。最期は母が看取りました。だんだん心拍数が下がってとうとう0になって、安らかに死を迎えたそうでした。

 オレは常に思うのですが、マンガ描いてるじゃないですか、長編なんて特に最後を描くまで死ねないなんつって不安に苛まれます。いつもはつつがなく進行して描き上げます。ああよかったと一安心します。それでまた、描きたいのが思いついて、死にたくないと思って描いて、そんなのを繰り返しています。けっこうしんどくて、いつまでも上手いこと描きたいマンガが思いつくわけじゃないとも思い、すごいのをいつか描くとして、描けるかどうか分からないですけど、描き終わった瞬間に満足の余韻に浸りながらばったり死んだらすごくいいと思うんですよ。

 でも多分、描けなくなっても人生はだらだら続きます。それを思うと非常につらい。

 何か他に喜びを見つけ出す事ができればいいんでしょうけどね。喪に服す意味でしばらくは中島みゆきの古い歌を聞きながら仕事をすることにします。