古泉智浩の『オレは童貞じゃねえ!!』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

『ヒーローショー』と『告白』と『息もできない』

 昨日の昼間『告白』を見て、一旦帰宅して夜レイトで『ヒーローショー』を見ました。中島哲也監督の『告白』も殺人がテーマの映画で他にも罪悪感や友情、復讐、家族など共通する部分も多かったです。ところが丸っきり正反対とも言えるくらい質感が違っていたのでビックリしました。

 また、ちょっと前ですが大評判だった韓国映画『息もできない』についても思いを巡らせるところがあったので、そんな事について書いてみます。

 今回もネタバレなので、見ていない人ごめんなさい。ぜひ、映画見てから読んでくださいね。

『告白』
 4歳の女の子を中学生が殺すという非常に深刻な事件が発端となって、女の子の母であり、犯人の担任である松たかこが、犯人二人に仕返ししながら事件の真相が明らかになる。流麗な映像で中学生が官能的に描かれるのはすごい背徳感なんだけど、エンターテイメントとしてしっかりしすぎているせいか、普通に面白く見れてしまい、「ああ面白かった〜」で終わってしまった。見終わってすぐ読書したり、他の映画今度何見ようかななんて考えたりしてしまい、残尿感のようなものが何もなかった。

 分かりにくいのを分かりやすく描くのが見事であり、複雑で繊細な部分をあっさりと見事に表現しているため、すんなり通り過ぎてしまうような感覚があった。中島監督は多分たいへんな嘘つきではないだろうか。相手に嘘を嘘ともかんじさせないくらいに。何から何まで巧みであるため、しこりのようなものが全然感じられなかった。もう一度見るとまた印象が違いそう。それにしてもこんな深刻なテーマをポップに描いている事自体が背徳的であると思った。

 そんなすっきりした印象の『告白』に比べると『ヒーローショー』は、へんなうんちをしてしまい、いくら拭いてもお尻がいつまでもきれいにならず、べっとりしたまま泣く泣くパンツを履かなければならないような、嫌な後味がいつまでも続いてしまう感覚がある。当然『告白』の方が『ヒーローショー』に比べて圧倒的に人気を獲得しそうで、しかし表現としてより踏み込んでいて、支持したいのは『ヒーローショー』です。

 『告白』にそんなことを求めるのがそもそも野暮なんですよ。ミステリーのエンターテイメント映画です。対照的な部分を比較してみると、こんなにもくっきり違います。

     『告白』      『ヒーローショー』  
主人公  天才中学生    クズフリーター
殺人    計画的      行き当たりばったり
舞台   地方都市       クソ田舎
ヒロイン   美少女      バツ一子持ち
音楽   レディオヘッド    ピンクレディー
客入り   数十人         数人
上映館   たくさん       一箇所

 オレの趣味ですが、物語に天才が出てくると途端に乗れなくなるというのがあります。天才なんて身近にいなかったし、そんな人知らないもん。そんな天才が選民思想(他の理由もあるけど)で殺人って片腹痛いんだよ。松たかこは、天才気取りの所詮は童貞の中学生だとばっさり斬ってましたが、リモートコントロールの爆弾を作ったり、発明で表彰されて新聞に載るなんてオレからしたら充分天才です。他にも、HIVやらカリスマ教師、美少女、毒薬などなど、絵空事的な題材が散りばめられております。何かのメタファーとして受け取ればいいのかもしれないけど、オレとは関係ないとしか感じる事ができなかったです。

 ただし、橋本愛ちゃんの美少女ぶりがハンパないのでぜひスクリーンでご堪能ください!!


『息もできない』
 ヤン・イクチュン監督が主演もつとめる韓国のバイオレンス映画です。主人公は闇金の取立てで生計を立てていて過激な取立てやヤクザ的な行為の果ていろいろな人の恨みを買って最終的に子分に殺されます。そんな主人公は家庭に問題があって、そんな境遇から道を外れた人生を送らずにはいられないのですが、会社の社長や異母姉やその息子、女子高生など彼を優しく思う人もいます。

 オレがヤンキーが嫌いなのは、本人達が喜んでその道に進んでいるからなんですよ。他人様に迷惑を掛けるのを自分達にOKしているじゃないですか。威圧感をかもし出したりして悦にいってるわけですよね。中には、家庭環境がよくなくてそうせざるを得ないなんて人もいるかもしれないですが、環境が悪くても普通にしている人の方が大多数です。だからやっぱり趣味とかセンスでそうなっているとしか思えず、強制されているわけはなく、止めようと思えば簡単に止められます。

 この映画の主人公は確かに不器用で、暴力があまりに身近にあって過酷な境遇なんですが、それも意識をちょっと切り替えさえすれば、遠ざけることは不可能ではないと思いました。「甘ったれんじゃねえ」と一喝したい気持ちが本音です。オラオラ、頭を七三にしてスーツ着ろよこの野郎ちゃんと社会人になれ……なんてね、実際は怖いからできないですが。でも、自分で楽しくヤンキー活動してそして破滅して後悔はないとかだったら文句ないです。

 この映画の主人公は最終的に死んでしまうのですが、身近な人々は彼の死を痛く悲しみます。決して孤独ではなかったんですよ。こんな人たちがいるんだから、ちゃんとしとけばいいじゃないかよとズッシリとした、とても残念な気持ちになりました。

 それに比べて『ヒーローショー』は主人公がヤンキーでもなんでもないのに大変な暴力に巻き込まれて散々な思いをします。原因を敢えてあげるとすれば、だらしなく生きていたから、ではないでしょうか。そんなのオレにも充分ん当てはまるので恐ろしくて仕方がない。オレはヤンキーになろうなんて思ったことは一度もないし、暴力にも関わらないように常に気を配って生きているのですが、だらしなく生きているのは止められないので、いつこの境遇に陥ってもおかしくないし、オレの友達がこんなふうになっていても驚くけど不思議じゃないです。なるべく借金はしないようにしたいし、何か危険があったら即警察に連絡したり弁護士を頼ったりしたいです。

 でも、そんなヤンキー嫌いのオレでも主人公が死んでしまったら、後に引きずるくらい感情移入してしまうくらいエモーションを刺激するいい映画でしたよ。オレはヤンキーは嫌いなんですが、ヤクザはそうでもないんですよ。同じようなものか、ヤクザの方がより性質が悪いじゃないかと言われれば確かにそうなんですが、中学高校とヤンキーは身近に存在したのですが、ヤクザは全く身近に存在したことがないので、それでなんだと思います。理屈なんて跡付けですね。