古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

トラビス童貞説

 皆さん『タクシードライバー』という歴史的名作映画をご存知ですか? この映画はベトナム戦争の帰還兵が主人公という事で、戦争で心に傷を負った主人公が社会になじめず犯罪に走ってしまう、ベトナム帰還兵のPTSDを描いた映画とされております。シルベスタスタローンの『ランボー』の1作目もそんな帰還兵の映画でした。

 午前10時の映画祭第二弾で『タクシードライバー』が上映されていて、妻と見に行ったところ彼女は「なんなのこのKY男は苦手だわ〜」とかそんな感想で、女となんかみるんじゃなかった、この気持ちを分かち合うにはボンクラ男と見に行かなくてはならなかったと頭に来て友達を誘って二日連続で見に行きました。するとやっぱりみんな感動してみかづきでイタリアンを食べながら大いに感想を語り合えてとても楽しかったのです。

 ところが2日も続けて見ると、おや?と思うところがあって感想を話しながら掘り下げていくとどえらい事に気づいてしまいました。


 そもそもタクシードライバーは、小学校の時に夜更かしして月曜ロードショーで見て異様な迫力に魂消た記憶があります。なんの映画かきちんと理解はできていなかったと思うんだけどトラビスのモヒカンとクライマックスの銃撃戦はすごい迫力だったと翌日小学校で友達と話し合った記憶があります。その後、大学の時にVHSで見たら思ったほど面白くなかったです。小学校の時にあまりに魂消て「すさまじく面白い映画」と構えて見すぎたんじゃないかな。そんなはずはないとしばらくしてまた見たらやっぱり面白かったです。そして30代でDVDで見直してやっと理解できたような気がしておりました。トラビスよりも年上になってました。

 そしてとうとう初めてスクリーンで見る機会を得たわけです。今や童貞マンガを描かせたら右にでる者がいないとまで言われるようになったオレが見ると、どうもトラビスが童貞っぽいんですよね。先日見た『マイバックページ』の松ケンがすごい嘘つきのインチキ野郎だったのも記憶に新しく、そんな松ケンとトラビスがすごく似ているんですよ。松ケンはセックスしてましたが、トラビスはカワイ子ちゃんを初めてのデートでポルノ映画に誘ってドン引きさせるというKYぶりで、セックスどころか思いっきり振られて、電話も応じてもらえなくなり、職場を訪ねて「死んで地獄に落ちろ!」と叫んでつまみ出されます。映画=ポルノとしか考えていなかったような印象でした。

 しかしそんな童貞疑惑のあるトラビスがなぜカワイ子ちゃんをデートに誘えたかというと、彼女が勤める選挙事務所に行って「この机にはたくさんの書類や物があふれている、しかしそんなのは何の意味もない。そして君の周りにはたくさんの人がいるけど、誰も君の気持ちを理解していない。君は孤独だ」と何を根拠に言っているのかさっぱり分からないですが自信満々に彼女を理解しているのは自分だけだと訴えます。するとどうしたことか、カワイ子ちゃんは「そんな事言ってくれたのはあなたが初めてよ」とポーッとなっちゃうんですよ。言った者勝ちかよ!

 最初にちょっとお茶を飲みに行った時も、選挙事務所のカワイ子ちゃんに気がありそうな同僚男のことを「あいつはよくない、君とエロい事をすることしか考えてない最低野郎だ」というような悪口を根拠もなしに言います。

 そんな適当ぶりを見ていると最初に彼が「元海兵隊員のベトナム帰還兵」というのがどうにも信用ならなくなるんですよ。タクシー会社の面接でちょっと言っただけで何の描写もないんですよね。面接官に経歴を聞かれて「帰還兵だ」と応えるとこんなやり取りがあります。
「陸軍か?」
「海兵隊です」
「そうか!オレも海兵隊だった」
 面接官にそう言われたにも関わらず、トラビスはニヤニヤしているだけで何も言わないままでした。なんか言うでしょう、普通。

 他にも怪しいところがあります。例えば、銃器を販売している業者とホテルの一室で銃を買う場面では、銃にさっぱり詳しくなさそうでした。でも後から、カーテンレールを改造して袖から銃が飛び出す機械を自作したり、弾丸に切れ目を入れて殺傷力を増したりするから、それは言いがかりかもしれません。他には、今日から「腕立てと懸垂を50回ずつすることにした」というナレーションとともにトレーニング風景が映し出されます。しかし腕立てと懸垂両方50回ってバランスがとても悪いじゃないですか。懸垂が50回もできるなら腕立ては300回くらいしますよね。でも腕立てでピョンと体を跳ね上げて手のひらを叩く腕立てをやっていたからあれなら懸垂50回と釣り合うのかな。しかもその後も毎日トレーニングしていたかどうか一切描写がありませんでした。選挙事務所で暴れた際に見せる空手のポーズもとてもインチキ臭い。カンフー映画をちょっと見ただけで空手習ったことないだろ!って感じでした。

 とにかく疑いの目で見るとトラビスはとても嘘つきっぽいんですよ。

 ジョディ・フォスターが12歳半で売春をしている役で出ています。そんな彼女をお金で買おうとする際にも年齢を聞いて「オレはロリコンじゃないから」というような感じでセックスを拒否するように描かれているんだけど、これも童貞で実際セックスを目の前にしてビビッて拒否しているようにも受け取れます。その後、彼女とは「友達になりたい」と言って食事するんですよ。いい年の大人が子供相手に友達になろうなんて言うかな? 明らかに変な人ですよ。

 そんな風に見ていくと、映画『タクシードライバー』はベトナム帰還兵のPTSD映画ではなく、帰還兵でもなんでもない虚言癖のある男がブチ切れて殺人事件を起こす映画とも考えられるんですよ。マーチン・スコセッシ監督!どうなんですか!? いつか会う機会があったら絶対に聞いてみたいと思います。とにかく「トラビスは童貞で帰還兵でもなんでもない」説を、オレは提唱してみたい。その方がむしろ共感できるんですよね。ベトナム帰還兵の殺人マシーンだと、あっちの世界の人だけど、ちょっと虚言壁のある男ならね、ほらオレの周りにも何人かいるし、過去を振り返るとわが身にも覚えがなくもない……。もちろん人殺しなんてしないですが!