古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

『となりのトトロ』草壁さんの憂鬱①

 「とっとろがいい、とっとろがいいよ~」

 『となりのトトロ』をうちの2歳の女の子が毎晩見たがります。毎晩ではなく、朝も昼も四六時中見たがっているのですが、そんなにテレビばかり見せるのはよくないので夜だけ、ご飯と食事が終わってから見せています。時々ご飯の前にも見せるのですが、とにかくほぼ毎日ヘビーローテーションで『となりのトトロが掛かりつづけています。ぽんこちゃんも惰性になっているのか、テレビに映ってもさっぱり見ません。要求するだけして、テレビを見ずに財布をあさったり、寝転がってベッドのマットレスとシーツの間に足を突っ込んだりします。それだけならまだしも、『となりのトトロをテレビにブルーレイで映しながら、絵本の『となりのトトロを持ってきて「よんで」と要求します。映画のトトロと同じ場面のページを読んであげると、決してそれが目的ではなかったようで自分でぱらぱらとページをめくって「めいちゃん、いい」と言います。めいちゃんは4歳なので、自分と年が近くて親しみがあるみたいです。ところが、時にはさつきちゃんを指差しながら「めいちゃんいい」と言うのでどこまで分かっているのか不明です。

 

 そんな調子で、今5歳のうーちゃんが赤ん坊だった時に続いて2目の『となりのトトロヘビーローテーション期が訪れていて、とにかく毎日見ています。日本一見ている漫画家ではないでしょうか。今回は映画と同時に絵本まで見ているという異常事態。

 

 だからというわけではないですが、はじめて見た大学1年の時にはまったく気づかなかったことに気づいたり、受け止め方が変わって来ています。しょうもないところで言えば、こんなことです。さつきちゃんがクライマックスでトトロを訪ねて茂みに入っていく時に足を木の根っこに引っ掛けて穴に飛び込んでいきます。さつきちゃんはまっさかさまに穴に落ちていくと昼寝をしているトトロのお腹に乗っかる形で、トランポリンのように弾んで怪我ひとつなく助かります。しかし、メイちゃんが同じ穴を落ちた時は地面に落ちて、トトロは同じ場所に寝ていたはずなので、場所が食い違っています。また、さつきちゃんがネコバスに乗るとネコバスの行き先の表示がくるくると変わって「めい」と出ます。しかし、どう考えてもさつきちゃんがもっと窓から顔を突き出さないと、角度的にその表示は見えません。けっこう適当な表現です。

 

 ここ最近、気になっていることは、さつきちゃんとめいちゃんのお父さん、草壁さんについてです。

 

 めいちゃんは4歳、さつきちゃんは10歳という設定だったと思います。考えを巡らせているのが楽しいので、ウィキペディアなどで調べれば済むのですがそれでは面白くないのでうろ覚えのまま考えを進めます。公開当時宮崎監督がインタビューで言っていたのか、パンフレットで読んだのか、舞台は昭和30年代の東京の外れだったような気がします。草壁さんは大学で考古学の先生なのか、研究をしています。10歳の子どもがいれば、終戦当時二十歳を超えていて、従軍していた可能性もあります。さつきちゃんは戦後のベビーブームの子であるかもしれません。大学の先生にしては後姿が逆三角形で、めいちゃんとさつきちゃんと一緒にお風呂に入ったときの大胸筋や腕のたくましさは、軍隊仕込であったのかと思いました。大学の先生か研究者といった生白さは全然ありません。しかし、従軍経験によるPTSDのような感じは描かれていないので、それほど過酷な戦場ではなかったのかもしれません。だからどうだということでもないのですが。

 

 それより気になるのは草壁さんの「僕はお化け屋敷に住んでみたかったんだ」という引越しの時の発言です。最初に見た時は、5歳のうーちゃんと一緒に見ているときは特になんとも思わず、そんなふうに考える人もいるんだ、変わってるし大学の先生ともなると考え方がユニークで、好奇心が強いくらいに思いました。しかし、それは本心でしょうか? どうにも引っかかります。

 

 映画の冒頭、さつきちゃんとめいちゃんは引越し作業そっちのけで、引越し先の建物や広い庭にテンションが上がっています。勝手口の扉を開けた途端、真っ黒な丸いマリモのような物体がさーっと引いていきます。一瞬の出来事です。

 「おとうさん、ここに何かいるよ」

 さつきちゃんは、草壁さんに訴えます。 

 「これは、まっくろくろすけだな」

 「絵本に出ていた?」

 「そうさ、こんな日にお化けなんかでるわけないよ」

 草壁さんは、明るい場所から暗い場所に行くと目の錯覚でそのような現象が起こるのだと科学的に説明します。

 

 何度も見ているとここで気になるのは、リスでもなく「ゴキブリでもない、ネズミでもない黒いのがいっぱいいたの」というさつきちゃんの説明に対して、草壁さんは「そうさ、こんな日にお化けなんかでるわけないよ」と、お化けについて言及することです。さつきちゃんは不思議がってはいるのですが、お化けとまでは言っていません。なぜ草壁さんは、先回りする形となってまでお化けを否定したのでしょうか。しかもその説明をしている時、草壁さんは「ふーん」と言いながら口元に微笑を浮かべています。それは無理やりにでも余裕をかましておかなければならないという思いで、必死で余裕ぶった態度をとっていたようにも見えます。

 

 引っ越してきた当初から、草壁さんは子どもたちがこのおんぼろ屋敷に怯えることを危惧していたのではないでしょうか。その心配に反して、物件に到着した途端、子どもたちはテンションを上げて新生活や新しく住む環境に対して希望を膨らませていました。めいちゃんは事あるごとに「めいは怖くないもん」と連発します。普段から臆病者であると、さつきちゃんやお父さんにバカにされていたのかもしれません。

 

 草壁さんによる目の錯覚であるという科学的な納得するさつきちゃんですが、2階に行くとまた同様の現象が起こります。

 「おとうさーん、このうちやっぱり何かいるー!」

 さつきちゃんが窓を勢いよく空けて、タンスを引越し屋さんと一緒に運んでいるお父さんに言います。

 「そりゃあすごいぞ、お化け屋敷に住むのがお父さん、子どもの頃からの夢だったんだ」

 その時、大家のおばあさんが引越しの手伝いに来ていました。

 「すすわたりが出たな」

 大家のおばあさんがそのように言うと草壁さん

 「それは、妖怪ですか?」

 とちょっとおびえたような声で言います。

 「そっただおそろしげなもんでねえよう」

 おばあさんはのん気に答えます。おばあさんも子どもの頃には見えたけど、今ではすっかり見えなくなった。子どもにしか見えないもので、使われていない家に住み着くものだ、何も悪さはしないから安心しろと説明します。

 

 うっかり見過ごしてしまうのが、 「そりゃあすごいぞ、お化け屋敷に住むのがお父さん、子どもの頃からの夢だったんだ」と明るくさつきちゃんに返事をした後に、業者さんと一緒に運んでいたタンスをよろけて落としそうになることです。さつきちゃんの怪現象の訴えに明るく返事をしたものの、心の動揺が隠せなかったと見るべきではないでしょうか。おばあちゃんが「すすわたりが出たな」と言った時は、妖怪が怖いのではなく、なんて事を子どもに言ってくれるんだという動揺で、怯えたような声になってしまったのではないでしょうか。

 

(続く)

 

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