古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

三本美治さんへの大変な誤解

 昨日は『野暮な話』第1回『順風』に、多数ご来場いただき誠にありがとうございました。たどたどしい喋りにたどたどしい構成、本をお持ちの上ご来場いただけたらというアナウンスがなかったため、非常に伝わりにくい部分も多々あり、それら不手際全く申し訳なく思います。そういったご迷惑を心苦しいですが、ひとまず棚に上げて申し上げさせていただくと、自分としてはとても面白かったです。何より三本美治さんへのこっちの勝手な思い込みが全くの大間違いである事が次々明らかになり、度肝を連続でこんなに抜かれる事もないという滅多にない体験を味わいました。これがオレだけのオナニーでなければ本当にいいですが、ご来場いただいた皆さん、面と向かって「面白くなかった」とは中々言いにくいと思いますが、お楽しみいただいていたら本当に幸いです。

 イベントを前に、これまで出版された三本さんの本をずっと読んでいました。そしたら三本さんの見たことない新しい読み切りですごい面白いのを読む夢まで見ました。内容はすぐ忘れてしまったのですが、すごく面白かったです。

 三本さんのマンガでまず抱く印象は、絵がとてもきれいじゃないところですよね。描き殴りに近い勢いで作画していて、アウトサイダーアートに近い線をもしかしたら狙っているのかとすら思っていました。少なくとも絵で人に好かれようという意図は微塵もく、読者を突き放して、よっぽど理解ある酔狂な読者以外はこの場から立ち去ってもらいたいと欲しているのかとすら思っていました。これがとんでもない誤解でした。

 先日の『野暮な話』の告知で「下描きはしているのだろうか」とオレが描いたのを読んだ三本さんは、「一体何を言っているのだ?」と思ったそうです。下描きは紙が真っ黒になるまでするとの事でした。

 以前、青林工藝舎に用事があって行った時に、ちょうど三本さんがいらした事がありました。三本さんはもう入稿したマンガの扉絵を描き直したものを持って来ていました。担当の志村さんは、前に入稿した扉絵と見比べて、「こっちの方がいいですね」と二人で頷き合っていました。オレにはどっちもぐちゃぐちゃの絵だとしか思えず、新しい方が比較的描きこみが多い分、余計にぐちゃぐちゃだと思いました。

 実のところ三本さんは物凄く丁寧に作画しているのでした。オレなんかよりよっぽど絵に対して情熱的に取り組んでいます。こんな事を言うと気を悪くされるかもしれないので本当に失礼しますが、ただ、あまり注意深くなく、とても不器用なせいでこのような画風になっているようです。注意深くない事例としては『順風』の表紙の絵を御覧下さい。通りを笑顔で駆ける順平の上げた右手の指が6本あるように見えます。これは今日一緒に食事した時にじぇんじぇんが気づきました。じぇんじぇんはまた、三本さんの画風は畑中純さんの影響なのかと指摘していました。三本さんの答えもそうでした。オレはてっきり根本敬さんか杉作J太郎さんを意識した画風なのかと思っていました。

 『順風』からは離れますが、『テロル』というマンガの精霊なんでしょうか、一般人には見えないテロルとクチージョという不思議なキャラクターがいます。テロルは村八分のチャー坊を思わせる和服と目に線の入ったメイクといういでたちで、クチージョはオバQの手が羽でコンバースみたいな靴を履いて、中に浮いてます。どっちも不気味で、マンガの中でも登場人物を狂気にいざなったりします。三本さんは、テロルとクチージョを本秀康さんのレコスケくんやウッディみたいに、キャラクターとして人気を出そうと思って編み出したそうです。……無理だよ!だって怖いもん!クチージョのコンバースは実はグーグーガンモを意識しているそうでした。

 そもそもは専門学校を卒業する頃、苫小牧に住んでいた時に初めて描いたマンガがヤングサンデーの新人賞で努力賞を受賞して、それを機に上京し、編集部で紹介されて当時『おかま白書』を描いていた山本英夫さんのアシスタントをしていたそうです。安達哲さんのところも行った事あるそうです。オレなんかアシスタント経験ほとんどゼロですから、オレよりずっと真っ当なマンガ家人生のスタートでした。初めて描いたマンガで受賞するというのも天才的です。

 『順風』というマンガは当時スピリッツで連載されていた土田世紀さんの『編集王』に対する三本さんのアンサーだそうでした。『編集王』は大メジャー出版社でのマンガ出版に携わる人々の物語です。それに対して『順風』で、三本さんはエロ本やパチンコマンガの編集をしている言わば出版界の最底辺でもがく人々なりにドラマチックなあれこれがあるのだという事を描きたかったそうです。

 三本さんのマンガは常に登場人物の職業や働いている描写が極めてリアルに描かれます。そして時折はっとするようなビジュアリティで描かれるかっこいいコマが現れます。もし三本さんがもっと注意力がきちんとしていて、器用に絵が描ける人だったら、とんでもないメジャー作家であった可能性が大です。少なくともマイナーな路線は全く狙っていませんでした。マンガ出版も工業製品のようなつまんない作品多いじゃないですか。その同じ書店のマンガのコーナーの片隅に三本さんという唯一無二の個性溢れる作品が存在している奇跡のような現状にもっと目を向けるべきだと思います。

 他にもお話はもちろん初めてセックスした話も聞きましたし、ホントコときわ荘の話や紙芝居、紙-1GPなどなどあれこれ聴かせていただきました。普段、普通の飲み会の場面などでは遠慮してずけずけ土足で踏み込むような質問はためらうじゃないですか。このようなイベントという形式でお客さんを前にすると、背中を押されるような立場と勢いを頂戴して図々しい事が聞けます。本当に面白かったです。オレのオナニーでしかないかもしれないですが、マンガ家さんと、よるのひるねさんが許してくださる限りまた開催させていただきたいと思います! 三本さん、よるのひるねの門田さん、ご来場いただきた皆さん、本当にありがとうございました!