古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

新成人の皆様へ

 こんなオレでももう40ともなると、いくらか経験があるわけです。専業になって4〜5年とは言え、これでも15年くらいマンガや出版業界で受注したり賃金をいただいたりしているわけです。偉そうで恐縮ですが、特に新成人の皆さんに最近感じている事を述べさせていただきたいと思います。

 自分を下げる言葉を間単に使う人が多すぎる!特に若い人!ともすれば偉そうに! オレもあんまり大きく出ない方が得だと感じるタイプの男で、期待値を高めると、それに見合う結果が伴わない場合、大きく評価を下げるわけです。だったら始から低く言って期待を下げておいた方が気楽でいいですよね。でもね、そうするに当たっても一工夫加えた方がいいんですよ。

 「嫌だ」「できない」「分からない」「お金がない」「体の具合が悪い」「無理だ」。こういうの全部自分を下げる言葉なんですよ。実際できない事を「できる」と言ってしまったら、できない場合嘘をついたことになります。分からない事を「分かる」と言ってしまい、後で何も分かっていなかった事がばれると、知ったか野郎のそしりを免れません。別に無理に嘘をつけと言っているわけではないんです。「嫌だ」「できない」「分からない」「お金がない」「体の具合が悪い」「無理だ」というような言葉は自分の無能さや無力さや弱さを提示する言葉です。そのような言葉を口にする時は、「そんなに嫌ではないんですけど、今日はちょっと申し訳ないのですが、すみませんねえ」と柔らかくして言った方がいいと思います。分からない場合も「これから、本当に今日これからその件については調べようと調度思っていたところだったんですよ!」と言えば、いくらか印象が良くなると思います。ましてや、偉そうに「分かりませんけど」なんて言うのは本当に大間違いです。

 マンガの仕事がスケジュール的に難しい場合でも「できない」という言葉はあまり使うべきではありません。「来月なら大丈夫です!」と言えば来月にまた発注してもらえるかもしれないじゃないですか。 「嫌だ」「できない」「分からない」「お金がない」「体の具合が悪い」「無理だ」そんな事ばっかり言っている人は誰からも相手にされなくなっても仕方がないです。実際オレがそうでした。だってそんな相手付き合っていても面白くないじゃないですか。何ができて何が分かるの?と逆に聞かれてしまいます。

 昨日なのですが、ずいぶん長い付き合いになる、顔見知りの男と話す機会がありました。でもこれまであまりきちんと話をしたことがなくて、今日はずいぶん元気に話してくれるなあと、会話が弾んで楽しいなと思っていました。

 いろいろ話をしたのですが、話題が好きな映画になりました。彼は日本のとあるカリスマ的な映画監督をすごく尊敬していて、オレはそんなに好きじゃない監督でした。でももちろんオレは「ぜんぜん好きじゃない」とは言わなかったですよ。彼はその映画監督にあこがれるあまり、その監督があまり他の映画を見ないという主義を忠実に実践していました。日本映画はいろいろ見ているようですが、オレが好きなSFバイオレンスアクション映画などは全くほとんど見ていません。『ダイハード』は?「見てません」。『ロボコップ』は?「見てません」。『ブレードランナー』は?「見てません」と超歴史的大傑作映画を全く見ていないんですよ。『ゾンビ』も『ファイトクラブ』も『パンズラビリンス』も『未来世紀ブラジル』も『グエムル』も『クローバーフィールド』も見ていなくて『マトリックス』はどれか分からないけど見たというので『1』以外は全部ゴミなの!とエキサイト気味に教えてやりました。ところがその彼ときたら、「僕の好みではない」「見るつもりはない」ととても頑固で恐れ入りました。

 「まあ違いが分かって面白いじゃない?」と同意を求めると全く無反応で、あれ?と思って顔を良く見ると目が潤んでいました。もしかして怒ってたの?と思ってすごくびっくりしました。だってずっと顔が半笑いだったんですよ!詳しい事情は言えないですが、どうやら会話の始めの段階でオレは彼を怒らせていたようでした。オレがずいぶん元気で会話が弾むと思っていたのは、全くの勘違いでオレに食って掛かっていたんでした。それにもかかわらずオレはむしろ説教気味に言いたい放題だったので、本当に申し訳なくなりました。でも意思表示ぐらいきちんとしろよ!

 本当に天然ぶるつもりも善人ぶるつもりもないですが、オレは本当に意地悪しようとは全く思っていなかったんですよ。むしろ昨日は彼にすごく感謝の気持ちでいっぱいでした。なのに、半べそをかかせてしまうという大失態です。繰り返しますが彼の顔にはずっと微笑が浮かんでいたんですよ。精一杯の強がりだったのですか? オレにそれを読み解けと言うんですか? 無理ですよ、と言いたいところですが、前言があるのでいつかそのうち読み解けるようになりたいです、と言い換えます。

 ゆとり教育の成果なのですか、世界で一つだけの花なのですか、大傑作バイオレンス映画なんて知らなくてもオレは世界で一つだけの花と言いたいようでした。別に好きじゃなくても見ればいいのにと思います。見た上で「こういうところが嫌い」と言ってもらえれば「ああそうなの」と意見の違いが分かって面白いじゃないですか。そもそも意見の食い違いが好きじゃないというふしが感じられます。彼が好きな日本映画の最近の作品は、人物の対立がとても少ないと思います。善人で一つだけの花連中しか出ていないのにドラマをこしらえないといけないので、病気で死んだりする映画ばっかりじゃないですか。彼は素直なのかな。多分とても素直なんだと思います。そんな彼は新成人でもなんでもなく30くらいの立派な社会人です。