古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

映画『ウォッチメン』を見ました

 『300』『ドーン・オブ・ザ・デッド』という傑作アクション映画をこれまで連発していたザック・スナイダーがアメコミヒーロー映画を撮るというのだから、期待マキシマムで公開3日目の劇場に足を運びました。エロと暴力を全面肯定して飛んでもない残酷な描写もけろりと描くスナイダー監督の持ち味はとても発揮されていたのですが、困ったことにストーリーが全然面白くないんです! 明らかに大失敗と思えるのですが、それだけで片付けるにはあまりにもったいない作品であることも事実です。スローモーションを多用したアクションシーンのかっこよさだけでも充分元は取れるし、改めてセクシーでいい女とセックスをするのは実に心の底からうらやましいと痛感するようなエロシーンも素晴らしいのでした。

 公開一週目なので近所のユナイテッドでは大きなスクリーンで見れました。大画面で見るほど価値があると思うので早めに行った方がいいですよ。オレは映画秘宝の記事も読まないようにして、なるべく事前に情報を入れないで見に行ったのですが、分かりにくい部分がありすぎるので勉強してから見たほうが面白いと思います。

 以下、ネタばれありありでいかせていただくので、くれぐれもこれからこの映画を楽しみにしているという人は絶対に読まないでください。

 何しろ、主人公が最初だれなのかよく分からないです。オレはストーリー至上主義なので、そこから判断して明らかな失敗です。もちろん映画の価値はストーリーだけにあるわけではなく、オレの見方は非常に貧しいものであるとも思います。でもオレは面白いストーリーに酔い痴れたいのです。自我を飲み込んでかき回されたいんです。精神を強姦されるほどぐちゃぐちゃにされたいわけです。

○『ウォッチメン』の残念なところ 
・主人公が誰だか最初よくわからない。
・設定がよく分からない。
・登場人物の名前が何種類もあって分かりにくい。
・敵が結局身内パターン。
・ドクターマンハッタンが強すぎてバランスが悪い。
・核戦争回避の手段が回りくどすぎ、不確実すぎ。
・ミステリー仕立てがうまくいってない。
・結局コメディアンが殺される必要はなかったのではないか。

○『ウォッチメン』の面白いところ。
・ヒーローが強姦魔。
・ヒーローが罪なき一般人を射殺。
・ヒーローが一夜限りの過ちを犯す。
・刑務所内で『オールドボーイ』のツープレイばりのアクション。
・必然性のある切り株描写。
・美女がセックスをする。
・ドクターマンハッタンの心のなさはミスタースポック以上。
・ドクターマンハッタンのふりチン。平常時なのにでかい。勃起したらどうなるのか。
・音楽がとてもかっこいい。

 ベトナム戦争でアメリカが勝ったと言っていたから、この人たちは寝ぼけているのかと思っていたら、そういうパラレルワールド的な設定だったんでした。オレがアメリカ大統領の記憶で一番古いのはカーター大統領で、その次がレーガン大統領だったので、88年にレーガンが立候補となっていて変だなと思いました。それまでずっとニクソン政権が続いていて変でした。

 核戦争の危機が迫っていて、全面核戦争を起こすよりは小規模の核爆発をドクターマンハッタンが起こして被害を最小限に食いとどめて地球規模の破滅を回避させるという事件をイケメンのヒーローが仕掛けます。主人公たちはそれを止めようとするけど、失敗してでも最終的にそれは正しいと肯定します。なんだそりゃ!と思いました。その作戦を成功させるためにイケメンのヒーローは、仲間のヒーローを殺したり刑務所に入れたりしていたのでした。最初にミステリーありきで、構成された話にしか思えないです。

 この題材ならシンプルに歴史の陰での暗躍ぶりでドラマを構成した方がよかったんじゃないでしょうか。実際、東西冷戦での核戦争回避の裏側で暗躍していたというオチであったのですが、回りくどいし破綻してます。単純にドクターマンハッタンはテレポーテーションできるし分身もできるんだから、全部のソ連の各施設の発射ボタンを壊して回ればいいじゃないですか。千箇所まではないでしょう。それか、書記長と軍の幹部を立て続けに暗殺すればいいじゃないですか。それで相当核攻撃はできなくなると思います。それか、書記長をマインドコントロールすればいいんじゃないですか。そんな能力はないのかな。ドクターマンハッタンの能力が高すぎて、ヒーローもののバランスを著しく欠いてしまってます。他の連中が単にほぼケンカが強いだけの能力しかないのに、ドクターマンハッタンだけ万能神のレベル!

 だから例えば、かっこいいオープニングで軽く流されたケネディ暗殺の裏側で敵とウォッチメンの駆け引きや戦いを描くでもいいじゃないですか。キューバ危機の裏とかでもいいですよ。スナイダー監督なら絶対に面白く描いてくれますって。最後核爆発くらい起こさないと予算がつかないんですかね。これだけ面白い場面や素晴らしい場面がありながらストーリーがつまらないなんて、とにかく残念で仕方がありません。

 超人風情のドクターマンハッタンが、変化する前は至って普通の科学者で、あまりの地味さに笑いました。ドクターマンハッタンが超人すぎて話を壊すので、超人化できるのが5秒以内とか縛りがあったらよかったと思います。マンハッタン以外は、ヒーローとは言え、単にケンカが強すぎて目立ちたいからコスプレをしているだけという設定もとても切なくていいです。生い立ちに問題やトラウマがあるのもいいし、みんな陰があって侘しい風情がとてもよかったです。