古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

井筒監督『ヒーローショー』は息ができない

 映画の日だったので、映画をはしごしてやろうと思って昼間からワーナーに行きました。ツイッターで映像作家の納戸正明さんが「凄い」と感想を述べていらっしゃったのですが、でも面白いと手放しに絶賛している風でもなく、でも現代をするどく描いた作品であるとの事で、もしや地雷だけどどこかしら見る価値ありなのかな、外れだったらさっさと何か『パーマネント野ばら』でも見ればいいやと思ってチケットを買いました。

 戦隊ヒーローショーにアルバイトで出演しているフリーターの主人公は、ショーのステージではレッド役で子供達の喝采を浴びているのだが実生活ではまるで冴えない日々を送っていた。そんな彼には好きな女性、同僚のピンク役がいて、どうしても告白することができない。ステージでは堂々たる振る舞いで怪人どもをなぎ倒すのに、日常では彼女の前でまともに口を聞くことすらできず声と足を震わせてしまうのだった。ある日、彼女が同じバイトのブルー役の彼に告白されてしまう。実は彼女も方も主人公のレッドに思いを寄せていたのだが、煮え切らない彼に苛立っていた。レッドは彼女の思いを知り、実生活でもヒーローになる道を選ぶ……

 まあどうせそんな眠たい話だろうと舐めていたら、これが飛んでもないバイオレンス映画で、本当にごめんなさいと思いました。いい意味で、期待せずに見に行ったせいで猪木にビンタをされたような気分で打ちのめされました。オレの年間ベスト入りはもはや確定です。ところが昼間の回でお客さんが10人しかいなかったんですよ。なので心ある映画ファンの皆さんにはぜひ見に行っていただきたい。後から劇場で見たって絶対自慢できますよ。なるべく情報を入れずにあんまり期待もしないで見に行った方がいいかと思います。こうして散々煽っているのがオレなので、実に申し訳ないですが、今言った事は一旦忘れて、上の嘘あらすじを想定して見に行っていただけたらと思います!

 以下、力一杯ネタバレです!

 ジャルジャルというお笑いコンビが主演の二人だったのですが、申し訳ない事にオレはこのお二方を存知あげておりませんでした。他にもギャル男みたいな連中やオラオラ系みたいな人らも全然知らない人ばかりだったので、そこらの本物の低脳なヤンキーが出ているようなすごいリアリティでした。そんな連中が連合赤軍バリに、暴力の歯止めが効かなくなって互いに殺し合うんですよ。

 そんな低脳な連中にも親がいて、親は真面目に商売をしたり選挙に立候補したり小遣いをくれたり野菜を送ってくれたりしているので非常に物悲しい気分になります。また彼女がいて一緒に南の島での暮らしを夢見たりもします。

 千葉の勝浦が舞台なんですが、あそこら辺って前から『TVのチカラ』で度々殺人事件の現場になっている辺りじゃないですか。日本のテキサスかよ。それもまた怖いんです。

 この映画で特によかったのが、暴力の連鎖をきちんと描いている事です。やったらやり返されて、更にやり返して、それがどんどんエスカレートしていくんですが、その行き着く先は命のやりとりになるじゃないですか。その取り組みはとても面倒で、陰惨で、オレも暴力をテーマにマンガを描く事がありますが、『ワイルドナイツ』の続編を描くとしたらそこは絶対にやらないといけないなあと思っていたところでした。この映画では、敵側がパシリみたいな主人公を、そんなに悪い奴じゃないから、お金を取って逃がしてやるかみたいなところに落ち着こうとするんですが、消費者金融で借りさせようとしてもうまくいかず、お金を取れないし、そうこうしているうちに犯行がばれる危機も生じて、そいつも殺すかとなっていくんだけど、敵側の生活に入り込んで来ちゃって共感したりで結局逃がしてやります。なんだこの皮膚感覚のグズグズで腑に落ちる感じ!あるあるあるある!

 これから東京のヤンキーどもが金を取りに来るからぶっ殺してやろうぜ、と千葉のヤンキーが海辺に集まる場面があります。そこで一番下っ端みたいなギャル男がスクーターに2ケツで女を連れてくるんですよ。そのサエコみたいな女を「こいつオレの女っす」と紹介すると、サエコは「チーッス」みたいな挨拶をして、ギャル男が「じゃお前先帰ってろ」と女を帰らせようとして、その際に二人はみんなの前でディープキスをして、その間、集まっている千葉のヤンキーは、黙ったままそのキスを眺めるという凄まじいKYなユルユルな空気が流れます。なにこれ!

 また、事件の発端となった主人公の先輩が殺された後、さあどうするかという場面で「肝臓売るとかどうっすか?オレ中国人の知り合いいるんすよ、大麻とか売ってるヤバイ連中なんで、多分ツテあるっすよ」「そんな事できるわけねえだろ!」と一括されてシュンとなる場面も、こんな調子で殺人事件はあるんだろうし、実際に殺人を行うのはこのくらいのノリや軽さがないと無理だと思うんですよ。

 エンディングでピンクレディーの『SOS』がラジオのリクエストで流れて、そのままエンドロールで最後まで行ってしまうんですが、それが本当に狐につままれたような気分になって、席を立つ人が一人もいなかった。

 吉本興業が全面バックアップのような体制だと思うのですが、芸能学校に高いお金を払っても就職はフリーターのような踏み込んだ表現をさらりとしています。もし、マンガ専門学校や映像専門学校での公認の作品で、このように「学校出ても就職はローソンのアルバイトです」といった作品があり得るだろうか。

 こんな調子で諸手を上げて大絶賛なのですが、ちょっと不満があるとすると、敵側主人公の配管工と出会い系サイトの社長が、元自衛官との設定だったので、徒手格闘など自衛隊の格闘術も描いて欲しかったです。

 井筒監督はこれまでも『岸和田少年愚連隊』や『ガキ帝国』など暴力をテーマにした作品を手がけてきましたが、評価が高い割りにオレはそんなに好みではなかったんですよ。記憶もおぼろげなのであんまり言えないですが、どっちも半分くらいでお話がガラッと変わってしまってました。構成に乗れないし、最終的に感動話みたいになってるんじゃなかったでしたっけ。でもこの『ヒーローショー』は135分グイグイと引っ張られるまま最後まで連れて行かれるような見事な構成です。途中で、主人公が数珠繋ぎ状に変わるような構成なのですが、最終的には元の主人公に帰着します。特に主要な登場人物がみんな実在の人物のようなに息づいていて嘘臭さが微塵もありませんでした。

 ヒットしそうな要素が欠片もない映画ですが、こういう映画にお客さんが入ってくれないと日本映画に未来がないでしょ! 日本映画は韓国に負けてないぞ!映画ファンの皆さん、絶対劇場で見たほうがいいですよ! 新潟は亀田のイオンのワーナーだよ。