古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

映画『マイ・バック・ページ』は事件

 滑らない映画監督山下敦弘さんの最新作『マイ・バック・ページ』を新宿のピカデリーで見てきました。お世話になっている映像作家の納戸正明さんと、以前から一緒に映画見に行きたくて誘ってみたところ、この映画をご提案いただきました。奇しくも納戸さんと言えば、オレに『ヒーローショー』を教えてくれた男!とその映画チョイスのセンスは実に信頼していたんですよ。花くまゆうさくさんと並んでオレの中で二大信用できる男です。

 その納戸さんが選んでくださった『マイ・バック・ページ』ですが、松山ケンイチだとか妻夫木聡とかそんなに特に食指は動かないけど、学生運動の映画だし何より山下監督の映画だから押さえておくかくらいのものでした。一人だったら『アジャストメント』を見ていたかもしれません。

 あんまりボルテージを上げると引く人もいるし、『ヒーローショー』と違って不入りで参っているとか不当な悪評三昧とかそんな状況でもないので、大声で騒ぐ必要もないんですが、すごい映画でしたよ!!! オレは中年ですが、若者だった時代を振り返って本当にぞっとするような映画です。心や魂をわしづかみされるような恐ろしさがあります。今、この映画が公開中で劇場の大スクリーンで見る事ができる状況で見ないのは絶対にもったいない! 正直言ってオレは松ケンや妻夫木なんて本当に興味ないんですよ。人気あるんだ、ふ〜んくらいなもんですが、このお二方が実に実に素晴らしかったです。

 今日は映画の日だから皆さんぜひ見に行ってください!オレも行こうかな。もう一回は絶対行きます!

 予告を見た以上の情報を入れずに見に行きました。原作があることすら知らず、まあ学生運動の話なのか程度の認識で見に行ったのもよかったかもしれません。なので、ここから先はネタバレありありで進行しますので、これから見に行こうと考えていらっしゃる人は絶対に読まないようにお願いいたします。もう見た人や、ネタバレなんて一切気にしないって人はぜひお読みください!

 さ!ここからネタバレですよ!

 適当に思いつく限りの感想を記述します。映画の後、大興奮して納戸さんとしょんべん横丁で終電まで飲んでいたので、オレは千円しか持っていなくて、映画の松ケンのように納戸さんにたかってしまう形となってしまいましたが、その際納戸さんがオレに聞かせて下さった感想が、あたかもオレが思いついたかの如く、オレの中に入ってしまったものもあるため、いい感じの指摘は納戸さんがおっしゃっていたことです。

 映画は学生運動の話とは言え、連合赤軍などの大メジャー団体ではなく、その影に無数にいたであろうインディーズの学生運動団体の話で、もうここで面白いじゃん!と膝を打ちました。しかも東大抗争が終わってしばらく後の時代なので、ピークは終わっていた時期です。そんな先人にあこがれるインディー団体の主催者が松山ケンイチなんですよ。松ケンは、オレは超すげえと、どでかい事をやらかして世間をあっと言わせるんだと吹かしこいているわけです。「でもいつまでも何にもやんないじゃん」なんて女に言われて「君のために世界を変えるよ」なんてフスマ一枚隔てた部屋には仲間がいるのに、セックスで誤魔化したりするようなチンケ野郎なんですよ。一番のかわい子ちゃんを彼女にしているけど、他の仲間は童貞とか処女でしたよ多分。

 革命的大事件を起こすより女をこます方が簡単だし、気持ちいいしなんて考えていたどうか分からないですが、得てしてこういうインチキ野郎がいい女とセックスするのは世の常だよ!バカな女って本当多いんだよ!目を覚ませ!

 変に興奮してしまいましたが、そうさせてしまう力がこの映画にはあるんです。というのもオレもマンガ家として全然ぱっとしなかった時期、二十代を振り返ると同人誌を作ると言って原稿を友達から集めて結局出さなかったとか、その原稿今も持ってますもんね。返すに返せず!本当にごめんなさい! オムニバスCDを友達のバンドと一緒に作るとぶち上げてその後何にもしないとか、そんな恥ずかしい過去が次々思い出させられるんですよ。今もそんなのよくあると言えばあるけど、連帯を求めなくなっている分まだましになってます。人を巻き込んででかい話をして結局何もないようなそんな性質の悪さはオレそんなにやってないですよね、今。『ささやか映画祭』とかよるひる映研とか、本当にスケールを小さくしてできる範囲をわきまえているつもりです。

 しかし、居直るようで恐縮ですが、若者が吹かしこくのはごくごく普通の事ですよ。ちょっと吹かすくらいじゃないと世に出れないとすら言えるんじゃないでしょうか。松ケンは事件を起こして人が死んだり、殺させてしまったり、逮捕されたり裁判になったりしたわけですが、オレはそこまでじゃなくてよかったと本当に胸をなでおろしました。『ヒーローショー』ではオレもどこかで一歩間違ったら人殺しになったり殺されたりしたかもしれないという怖さを突きつけられましたが、『マイ・バック・ページ』でもオレも松ケンみたいになっていたとしても全く不思議じゃない怖さを痛感しました。オレだって空手形を連発してましたよ。

 山下監督の目線が素晴らしいんですよ。90年代はちょっと間抜けな連中をいじったり、見下したりして面白がる文化がありました。松ケンは確かにカスですが、そんな彼を実にフラットな誠実な目線で描いています。そこにはオレも思うところがあります。オレもよくリアルな人間像として、ろくに才能もないのにバンドなどクリエイティブな活動をしている若者を描くことがあります。実際に身近にそんな人いっぱいいますが、本を十何冊も出しているマンガ家として一応認められているオレが描くのは、どうしたって上から目線で弱い者いじめになっているんじゃないかと非常に気になるところです。そんな事気にしていたら何にも描けなくなるから気にしても仕方がないんですけどね。とはいえ天才みたいな登場人物が出てても丸っきり面白いとも思えないし、そもそもそんなの大嫌いだし、でも才能あふれるマンガ家が自分を天才になぞらえて物語る方が正直だし誠実だとも思えます。オレは本当に興味ないですが。

 オレは才能とか本当にないですよ。人が恥ずかしくて出さないとか封印したいところを敢えてほじくってここまで来ているだけです。嫌がらせみたいなものなので、だったら弱い者いじめとか気にしてんじゃねえよ(オレにですが)。

 とにかく、山下監督のまっすぐな目線で描かれる方がむしろ恥ずかしいんじゃないかな、誤魔化しや言い訳できない状況ですからね、松ケンはカスの役を実に素晴らしく演じていらっしゃった事に感動してしまうわけです。妻夫木聡さんも甘ったるい役を、甘ちゃん野郎のみっともなさを実に見事に演じていらっしゃいました。結末の涙のわけを皆さんはどうお考えになりましたか? ジャーナリストを廃業して映画ライターになった妻夫木がふらりと居酒屋に立ち寄ると、ジャーナリスト時代に身分を偽ってテキヤみたいなところに潜入取材していた時の仲間に出会うんですよ。彼は奥さんと赤ちゃんがいて、立派に居酒屋を切り盛りしていました。彼は妻夫木のことを風来坊だと思って、元気にしていてよかったと実に暖かく迎えます。その暖かさに触れたとたん、妻夫木聡が泣きだすんですよ。偽りの自分に対して愛情を注いでくれるんですよ。オレは正直に全部話して謝りたいけどそんな事話しても自己満足でしかないし、相手にはどうでもいい事だし、むしろ傷つけるかもしれないと思って苦しく泣いているんだと思いました。一緒に映画を見た納戸さんは別の解釈を話してくださっていたけど、何言っていたのか忘れてしまった。なんて言ってたっけなあ? すごくいいこと言ってました。いろいろ解釈できる素晴らしい場面だし、一世一代の大演技でしたよ。

 松ケンの叫ぶ「あの記事が載れば、ホンモノになれるんだよ!」とかね、売れてなくても一応仮にもマンガ家になれてオレは本当によかった。妻夫木や松ケンが出てるからってデートで見に行ったら本当にゲンナリする映画です。メジャーというフィールドでここまで描く山下監督の凄さ!それを真正面から受け止める松ケン、妻夫木! 大傑作です!!!