古泉智浩の『オレは童貞じゃねえ!!』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

岸川真さんにお会いした

 ブロガーのカトキチさんの師匠に当たる小説家の岸川真さんに東京でお会いしました。不勉強で伊集院光さんとの共著である『球漫』しか読んだことがなかったので失礼申し上げました。年がオレの学年で4つ下なのに、風格があって、どっしりされていたので喫茶店の奥に座らせていただいたのに申し訳ない雰囲気でした。以前、青林工芸舎と関わりの深い出版社にお勤めだったそうで、アックスの単行本が出るとほぼお買い上げくださっているとのことでした。「最近はヒットはなんでしたか?」と質問すると間髪いれずに「堀さんですね」とおっしゃっていました。ダントツで堀さんだったそうで、何冊も買って知人に配っているとのことでした。よかったね堀さん!

 これまでの経歴が超絶で、語られるエピソードがあまりに面白く、今から思い返すと嘘じゃないかとすら疑いたくなるほどなのですが、だとしたらあまりにセンスがいいんです。その内容は、岸川さんの小説で語られていたり、今後も語ったりするので、あんまり差しさわりのない範囲でオレの感想を中心に記述させていただこうと思います。帰宅して岸川さんの本を早速アマゾンで発注しました。


『蒸発父さん』の表紙の絵って大橋裕之さん?

・岸川真さんのブログ
・カトキチくんのブログ

 オレが以前から連合赤軍あさま山荘事件に興味があって本を読んでいたせいもあるのですが、左翼運動を学生時代にされていた話がとにかく面白かったです。火炎瓶投げたり、坂口弘が羽田空港を襲撃した場面を彷彿とさせました。なにしろ、時代がオレの3つくらい下なので1990年くらいだと思うのですが、当時左翼運動なんてしている人ほぼいなかったですよ。オレが大学に入った当時、大学の通りに左翼系の立て看板があって、文科系サークルから年に1人か2人成田にデモを派遣されていました。オレはそんなの恐ろしくて仕方がなかったので、拒否してましたが、今から思うと行っておけばいいネタになったなあと後悔しました。なので、まるで流行っていなかったわけです。そんな時代に岸川さんは左翼を志して団体に所属して熱心に活動されていたそうです。ところが、その一方で、ラジオのハガキ職人でもあり、お笑いやマンガや映画、プロレスなどボンクラな趣味にもご熱心だったそうでした。

 当時のプロレス好きは『週刊プロレス』をむさぼるように読んでターザン山本編集長にほぼ洗脳されていた状態でしたが、オレは『週刊ゴング』を読んでました。オレは油絵を描いていたので、ゴングの写真がとにかく好きで、ターザンの文章は正直鬱陶しくて好きでなかったです。プロパガンダで週プロ読者を洗脳して天龍源一郎がリーダーだったSWSを、経営不振に陥らせていたのもすごく腹立たしかったです。なんと、岸川さんもゴング派だったそうで、おおお!と思いました。

 いろいろあって左翼活動を引退して、ちょっとしてから映画学校に入って、卒業して出版社に勤務してフリーになって小説家に至ったそうでした。その間のお話も面白く、特にシックスセンスの持ち主であることも重要なポイントでした。『資本論』を読みながらシックスセンスって、基本的に宗教禁止だったんじゃないですか。そんな理論を戦わせる場面で「オレ霊が見えるんだ」なんて立場だと絶対にバカだと思われます。どうしていたんですかと質問すると、黙っていたそうでした。その当時熱中していた小説が『帝都物語』っていうのも最高でした!

 お父さんが詐欺師で、おじいさんが創成期の共産党の党員というご出自もエキサイティングです。当時の共産党ってテロリスト集団ですよ。新潟の新発田出身の無政府主義者・大杉栄などとも交流があったとかなかったとかみたいな時代です。後におじいさんは、プロレス会場でタイガージェットシンにサーベルで叩かれて、その場面が新聞に掲載されたそうです。そんなおじいさんを持つ岸川さんは、高校時代フェンシング部に所属してサーベルを振っていたわけです。

 こんな人が小説を書いたら反則ですよね。岸川さんからシックスセンスと過激活動を抜くと、オレみたいなただのボンクラになるような感じです。なので、岸川さんの小説にはリアルな現場の生々しさが息づいているはずです。はやく届かないかな!