古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

岩井俊二さんへの大変な誤解

 岩井俊二さんにはあんまりいい印象がなかったんですよ。それと言うのも自主映画を愛好する人で、「好きな監督は岩井俊二」という人の作品で面白いのにあんまりお目にかかった事がない。大体、光と影になんかこだわっているような撮影で、物語がさっぱり動かずまったりしている、そんなのとても多いんですよね。登場人物も大抵おきれいな皆さんで何がしたいのかさっぱり分からないと、こんな印象です。あくまでオレの貧しい感性で見た限りですよ。オレにはそんな作品から何かを受け止めるような高度な感受性はないです。それでまあ、そんな皆さんが敬愛している監督の作品なんてどうせおきれいな映像のまったりした映画であろうと高をくくっておりました。しかし、オレも講座を運営する身としていろいろな映画に触れておかなくては会話すらできないと、我慢してみることにしました。

 まずは『リリィシュシュのすべて』を見ようかとパッケージに手を伸ばしたら、カリスマ的歌姫がうんぬんとあるので『花とアリス』を見ました。

 『花とアリス』が、これが、あまりに素晴らしい映画でぶっ魂消ました。鈴木杏ちゃんのブス映像にひどい、なんという角度で撮るのだ!と思っていたら気立ての可愛らしさに切なくなり、蒼井優ちゃんのバレエの場面の素晴らしさに泣きそうになりました。CMか何かのオーディションでいったんは適当にバレエのポーズを決めただけだったのに、再び監督に向き合って「本気でやっていいですか」と紙コップとガムテープで即席のトゥシューズを作るんですよ。つま先を傷めやしないかとハラハラしました。また、自主映画監督たちが憧れるのも仕方がないくらい映像センスが炸裂していて本当に素晴らしかったです。

 『リリィシュシュのすべて』も見ました。カリスマ的歌姫がうんぬんとあるのでてっきり浜崎あゆみの伝記映画みたいなものかと思って見たら、それはとんでもない間違いで、童貞のみっともなさがこれでもかと書き殴られているような映画でした。童貞でしかもいじめられっ子の精神がこれでもかと追求されて結実してました。この映画も映像がまた素晴らしいです。でもビジュアリストと思われがちな岩井監督の本性は童貞のいじめられっ子野郎です。その精神を大人になっても中年になってもビビッドなまま保ち続け、こうして作品でむき出しにできる本当に信用できる男です。自主映画監督の皆さんは真髄を見抜けていないのではないですか。『花とアリス』も童貞と処女映画です。どんなに喜ばしい出来事があっても満ち足りた生活を送っていても本質的にはハッピーな人ではないはずです。そうでなければここまでの作品なんて作れるわけがないとオレは断言します。

 『フライド・ドラゴン・フィッシュ』も見ました。ちょっとアウトローなテイストの少女マンガみたいでした。それはさておき、新作はいつになるんですか。楽しみですね!