古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

三沢光晴さんまでが……

 80年代の人妻マンガを描いているので、そういった資料を調べる事が多いのですが、今年の状況が1989年になんだか似ているような気がするんですよ。昭和が終わって平成になった年で、この年は昭和天皇が亡くなって、時代が変わったと思ったら美空ひばりさんが亡くなって手塚治虫さんも亡くなって松田優作さんも松下幸之助さんも亡くなってと次々超大物が逝ってしまったのです。これが時代の節目というものかと振り返って思います。偶然の一言で片付けてもいいかもしれないですが、オレはそういう風には捕らえないです。

 四天王プロレスと言われたあの激しい試合を、それこそ脳天から真っ逆さまに落ちているようにしか見えない試合を生き抜いた三沢さんが、試合も見ていないのでなんとも言えないですが呆気なく亡くなってしまいました。ウソだ!と思いました。オレなんかもうプロレスはほとんど見なくなってしまい、なんか言えるようなファンでもなんでもないですが、呆然としてしまいます。

 プロレスは相手を怪我させずいかに激しさを表現するのかというのがプロたる所以だったわけではないですか。オレはそういうのに全く気づいていない愚かなファンで、筋書きなんてあるわけがないと勝敗に一喜一憂していました。ミスター高橋の本を読んですごいショックを受けてそれからプロレスが嫌いになりましたもんね。だからこそなおさら、プロレスで人が死ぬ事に驚くわけです。しかもアマレスというしっかりとしたバックボーンのある三沢光晴さんがですよ。

 忌野清志郎さんが亡くなった時は、寂しさは感じましたがロックらしいと思いました。オレの感覚ではロックの人は若死にが普通というのがちょっとあります。ジミヘンもジムモリソンもジャニスもジョンレノンもシドビシャスもバーっと魂を激しく燃やして逝ってしまうのは仕方がないのではないかというような、他人事で恐縮なのですが感覚があります。我々はそんな皆さんの一瞬の輝きのおこぼれをCDやDVDで小出しに味わって人生に彩を添えさせてもらっているんじゃないですか。忌野さんはそれこそ退廃の魅力を、凄まじく魅力的に表現されていたじゃないですか。死に近いような毒々しく禍々しい激しい表現です。そんな姿をかっこいいと思ってしまうオレが死を忌避していいのかなとちょっと思います。決して喜んでいるわけじゃないですよ。オレの父親も激しい人で、ずいぶんと面白い人でした。酒とタバコが大好きで大好きで酔ってはふざけて友達や子供を喜ばせていたら55歳で死んでしまいました。残念だし、寂しいですがそういうもののような気がするんです。

 それで話は戻りますが、今年はどう考えても政権交代がありそうじゃないですか。93年の一瞬の政権交代じゃなくてしっかりした二大政党になるかどうかっていうくらいの政権交代が実現したらいいなとオレは思っています。これまで戦後の日本ではなかったくらいの大きな時代の節目になるかもしれません。だから、そんな時期には89年みたいに、時代を背負ったような超大物がバタバタ死んでもおかしくないような気がするんです。小悪魔agehaの純恋さんも亡くなってしまいました。

 縁起でもないですが、オレが心配なのは伊集院光さんと杉作J太郎さんです。お二人のどちらかがどうかなってしまったら何日か寝込みます。泣くでしょうしね、起きれなくなってしまいます。こんな事を申し上げると非常に余計なお世話ですが、食事の節制を、なるべく血液がサラサラになるようにぜひお気をつけていただきたいと思うのです。若いから大丈夫かもしれないですが、峯田和伸さんもちょっと心配です。タバコ吸いすぎないで〜。