古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

市橋俊介著『漫画家失格』

 市橋俊介くんの2冊目の単行本『漫画家失格』を読みました。市橋くんが漫画家としていかに苦労しているかといった内容の自伝的エッセイマンガです。前の本『敗北DNA』は随分前に読んでいました。負のオーラをもらったら嫌だなあとちょっと読むのが怖かったのですが、そういった面もありますが面白いギャグマンガ集でした。特に「オレなんか誰からも相手にされない。マンガも誰も読まない。みんなオレの事を嫌っているに決まっている。死んだ方がましだ」なんて気分の時に読むと癒されます。

 この『漫画家失格』の中でデビューのきっかけとなった雑誌のエピソードがあります。オレと市橋くんと見ル野栄司さんは同じ担当編集者でした。もう一人可愛らしい女の子、確かカラオケ屋でバイトしている人がいたと思うのですが名前を忘れてしまいました。その4人と担当編集者さんと飲み会がありました。今から12〜13年前くらいだったと思います。

 担当編集者のMさんは、後に「新人つぶしのM」と呼ばれていると、同じ雑誌の他のマンガ家に教えられてゾッとしました。確かにオレたちは極めて採用率が低かったのです。採用回数はオレは1回、市橋くんも1回、見ル野さんは0回、女の子も0回だったんじゃないでしょうか。そうこうしているうちに雑誌が無くなってしまい、各々別々のマンガ道を歩む事となりました。恐ろしいのはその雑誌自体が新人つぶしだった事です。その雑誌でかわいがられて生え抜きでデビューして本まで出した人がみんなその後まるで活躍しなかったのです。オレや見ル野さんや市橋くんはこうしてまだ現役を続けることができています。他の担当さんがついて連載したり、本まで出した人が妬ましくて妬ましくて丑の刻参りをしようかと思ったくらいですが、結果的にMさんが担当についてくれて助かった。どこに落とし穴があるか分かったものじゃないので、本当にその場の判断が正しいかどうかなんて後になってみないと分からないです。

 マンガの中で市橋くんは友達がいないと強く孤独を訴えています。前は上京した時に連絡してお昼を一緒に食べたりしました。オレとも何度かメールのやりとりをしたのですが、オレが返事を出さなかったら終わってしまいました。メール出していればマンガに出してもらえたのかな。またメール出しても大丈夫かな。とりあえず年賀状出したいけど住所が分からないな。

 オレは実家暮らしなので、40歳でみっともない話ですが、どんなに貧乏しても母親にパラサイトして生活できるので市橋くんのようにインスタントラーメンを具なしで食べなくても大丈夫です。それにどんなに貧しくてもどこかに勤めて、毎日朝起きて職場に行って周囲の人に愛想を良くしてなんて事をしなくて済み、疲れたら勝手に休んで昼寝してテレビを見て蔦屋に行ってガストに行ってといった生活を営んでいるのでそれだけで大儲けです。逆に申し訳ないです。

 失格と言いながら本を2冊も出版した市橋くんは立派にやってます。最低とか負け組とかを語りながらも本を出版し、本を出しただけでも快挙とも言え、もしその後売れようものなら、過去との整合性を取るのが大変なのではないかとオレはとても心配です。オレは何冊も出版させていただいており、売れ行きはさっぱりですが、でも『チェリーボーイズ』を出してもらった時点で希望の全てのうち8割は叶ったとの実感があり、充分恵まれていて、その後はおまけでやらせていただいているような気持ちがあります。その後いろいろあって『ワイルドナイツ』を描くこともできて、本当にもう今死ねばいいのにくらいな気持ちです。マンガ家として恥を描く前に死んだ方がいいんじゃないでしょうか。なので、オレはどんなに本が売れなくても、誰も仕事に注目してもらえなくても、時々しゅんとした気持ちになることもあるけど寝れば直るし、底辺とか負け組とかそういう気持ちは全然ないんです。

 なので、市橋くんは本を2冊も出しているし、編集者さんともお付き合いがあるみたいだし、あの雑誌の生え抜きの人たちより断然大丈夫だよ。同じくサバイバーである見ル野さんは4冊出しているしオレも10冊くらい出しているのでMさんはいい編集者だったのかもしれない。自慢できるほどのものでもないと思いながら結果的にオレの自慢話になって恐縮です。

 それにしても、漫画家マンガって最後のネタじゃないかとオレは心配です。漫画家として自分が主役で自分の生活をネタにマンガにした場合、同じネタを創作でやりにくいじゃないですか。オレは同じネタを3回まで使い回していいルールを自分に設定しています。それがエッセイマンガだと1回で使い切ってしまうような気がするんですよ。しかしそうは言ってもマンガ家になりたいとか、マンガ本を出版したいと思っても入り口にたどりつくことすらできず、去っていく人の方が圧倒的に多いわけですよね。最後のネタだろうがなんだろうが、本を出せただけで丸儲けですよね。