古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

『となりのトトロ』草壁さんの憂鬱②

 (続きです)

 

 引越しの日の夜、家族3人でお風呂に入っていると、お風呂場のトタン屋根が吹き飛ばされそうなほどの強風が吹き荒れます。さつきちゃんは、怯えた表情で体を洗っている石鹸を洗い流しきらないまま、めいとお父さんが入っている湯船に入ります。「めいは怖くないもん」とめいちゃんは強がりを言います。

 「わーっはっはっはっはっはっはっ」

 お父さんは急にと高笑いをします。二人の子どもは呆気にとられます。

 「みんな笑ってごらん、おっかないのが逃げちゃうから、はっはっはっはっはっはっ」

 さつきちゃんはそれに従って「わっはっはっはっは」と笑いますが、めいちゃんは「めいは怖くないもん」とつきあいません。すると、さつきちゃんがめいちゃんを無理やり笑わすために体をくすぐります。

 「がう~」

 お父さんはゴリラのように胸板を叩き、湯船の水面を両手で強く叩いてお湯があふれ出します。そうして3人でお湯を掛け合って楽しい雰囲気になりました。

 この時もお父さんは、おんぼろ屋敷で子どもがおびえないように必死で脳を働かせて導き出したのがこの行動だったのではないでしょうか。

 

 また、おばあさんとの会話では、引越しが急遽決まったため、おばあさんが事前に掃除ができなかったことが分かります。後にめいちゃんがトトロと出会った後、さつきちゃんとお父さんとめいちゃんで、裏の神社に生えている大きな楠木を見に行く場面があります。

 「立派な木だなあ。きっとずっとずっと昔からここに立っていたんだね。むかーし、むかしはは木と人は仲良しだったんだよ。お父さんはこの木を見てとってもあのうちが気に入ったんだ」

 草壁さんは感慨もひとしおというように、巨大な楠木を見上げながら雰囲気たっぷりに語ります。この木があったらからあの家に引越しをしたと言うわけです。本当でしょうか。なんとなく最後の「お父さんはこの木を見てとってもあのうちが気に入ったんだ」が、とってつけたような感じがしないでもないです。

 

 草壁さんとさつきちゃん、めいちゃんが自転車3人乗りで、七国山の病院を訪ねる場面があります。途中道を間違えてしまい休憩でお父さんは昼寝をして、山は自転車を押して二人の子どもは歩く、そんな苦労が楽しげな音楽とともに描かれます。病院ではお母さんが入院しています。ぱっと見元気そうなお母さんは、子どもたちに新生活はどうかと聞きます。さつきちゃんはお母さんに耳打ちをします。

 「え!おばけ屋敷?」

 お母さんがそう言うと

 「お母さん、おばけ屋敷好き?」

 めいちゃんが聞きます。

 「もちろん、早く退院しておばけに会いたいわ」

 そう答えると、さつきちゃんとめいちゃんは、お母さんがおばけを嫌いでなくてよかったと安心します。当初、あのご主人と価値観を共有している、すごい夫婦だなと思いました。しかし本当にそうでしょうか。何度も見ていると疑問が湧きます。そんな夫婦いるか? 親がおばけを怖がると子どもは余計に怖がるだろうから、事前に夫婦間で口裏を合わせていたと見るのが自然です。

 

 草壁さんは二人の子どもが家を怖がらないように必死に明るい雰囲気にしようと取り繕っていたのです。二人の子どもが素直ないい子であったため、作戦はまんまと成功しました。大家さんの孫のかんたくんが引越し当日「おまえんち、おっばけやーしきー!」と言った時も相当肝を冷やしていたはずです。幸い、さつきちゃんはおばけの存在を気にするより、男の子に意地悪を言われたことに注目したため事なきを得ます。

 

 クライマックスで、めいちゃんが行方不明になります。お母さんが入院している七国山病院に一人で行こうとして迷子になったのです。

 「大人の足でも3時間掛かるわ」

 大家のおばあちゃんがそういいます。大人の足で3時間なら、大体15キロくらいでしょうか。なんとなく、僕が以前新宿から中野まで歩いた時50分掛かって確か5キロくらいでした。その距離を、草壁さん親子は自転車3人乗りで往復していました。

 気になるのが、お父さんが大学への通勤で使っているバスが七国山行きだったのです。七国山のバス停が七国山病院から最寄であるとは限らないのですが、それほど遠いわけではないとも思います。自宅のあるマツゴウから七国山にバスが通っているのに、3人で自転車で往復した理由は楽しい冒険ではなく、草壁さんの経済事情が問題だったのではないでしょうか。めいちゃん幼児でバス料金は無料ですが、さつきちゃんの子ども料金の往復がどうしても痛い。おそらく給料日直前で、その数百円が明暗を分けるほどの死活問題だったのかもしれません。

 

 つまり、お化け屋敷と大家の孫に言われるほどのボロ屋に住んだのは、決して立派な楠木が生えているからではなく、その地域最安値物件だったことが理由ではないでしょうか。大学で考古学の研究をしていても大した賃金は発生しないでしょう趣味に毛が生えた程度の商いというと悪く言い過ぎかもしれませんが、その上奥さんが病気で長期の入院生活、医療費もベッド代もかさみ家計は火の車。奥さんも奥さんで、自分も働いて旦那さんの趣味のような仕事を支えて家計を助けたいのに、逆に経済を圧迫する立場となりせめて子どもを怖がらせないように必死でおばけ好きをアピールしたわけです。経済が許せばもっと病院の近くの町の物件を借りたかったはずです

 

 そして変なのが、ラストシーンで病室で語り合う草壁夫婦です。その様子をネコバスに乗ったさつきちゃんとめいちゃんが木の上から眺めています。ふと、病室の窓辺にトウモロコシが置かれていることに夫婦が気づきます

 「あ、今そこの松の木でさつきとめいが笑ったように見えたの」

 お母さんが木を見上げて言います。お父さんも松を見上げるけど何も見えません。しかし、「案外そうかもしれないよ」と言って手にしたトウモロコシをお母さんに差し出すとそこには「おかあさんへ」とトウモロコシの皮に傷をつけてひらがなで書かれているのです。このような怪現象が起こっているのに不思議に思わず受け入れている様子でした。子どもが現実と異世界を行き来していることの痕跡に触れて恐ろしくはないのでしょうか。

 

 うちの5歳の男の子、うーちゃんは「こわい話だよね」と言います。何をもってして怖いと言っているのかは分からないのですが、確かに幼児が迷子になるのは怖いし、異世界に触れるのも怖いです。

 

  

 こんなことをついグダグダと考えてながら今日も見ています。そろそろ『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタに移行して欲しい、でもあまりにエキサイティングだと眠れなくなってしまいます。でも本当に見飽きているのでせめて『魔女の宅急便』が久しぶりに見たいです。