阿部和重さんのトークショー
土曜日に山形の東根市で阿部和重さんのトークイベントに出演させていただきました。なんで山形県人でもなんでもないオレなんかがと皆さんお思いになるでしょう。山形で活躍されている映画監督の佐藤広一さんが、オレが阿部さんの大ファンであることを知って誘ってくれたのです。
後藤真希ちゃんのコンサートで初めて山形県民会館を訪れたのが2003年で、その後銀杏BOYZの峯田さん、佐藤広一さん、小説家の深町秋生さんとお会いして、とうとう芥川賞作家に縁ができるに至りました。全部後藤真希ちゃんのお陰です!
阿部和重さんと言えば後藤真希ちゃんのファンとしても有名で、『アイスクリーム』という雑誌で後藤真希ちゃんと対談もされていました。去年ヤフーニュースで「ゴマキが芥川賞作家とコラボ」という見出しのニュースが流れ、とうとう阿部さんやったね!と思ってクリックしてみると金原ひとみの事でした。その事をイベントでたずねると「自分もそうだと思ってびっくりした」との事でした。
阿部さんは故郷東根市を舞台にした小説をよく書かれるのですが、でもその舞台は変態や異常者が跋扈し殺人事件などがちょいちょい発生します。読んだ人は一体どんな街なのだと思うわけで、住民は地元に対して誤解を招く内容であると快く思っていない人も少なからずいるそうでした。阿部さんはそんな意見に対してとても慎重に言葉を選んで説明されていました。決して地元に対して悪い印象からそのように描いているわけではないとおっしゃっていました。
オレも地元の景色を舞台にして、別に面白く魅力的な土地であるというような描き方はしません。どっちかと言うと屁みたいなどうでもいい場所という描き方ばかりしています。それは実際に屁みたいな土地であるわけではないです。ここには慎ましく実直な市井の人々の営みがあり、それは決して屁みたいなものではなく、誰もを魅了するようなものでなくとも、非常に大切で掛け替えのないものなのです。
オレが思うのは、自分の地元だからまあ好きに描いても許してもらえるのではないかとちょっと思います。物語を構成するに当たって、ネガティブな要素も描かないとぴりっとしないじゃないですか。そこでよそ様の土地を悪く描くとそれこそ問題がありますが、地元だったらちょっとは許してもらえるかなという甘えみたいな気持ちがあります。住民税も払っているし!
イベントの前に東根市や神町、阿部さんのご実家のパン屋、若木山などなど作品の舞台となる場所を案内していただきました。イベントで街を見てどうでしたかと質問をされて「柔らなか日差しが降り注いでとても気持ちのいい所でしたよ。日なたくてとてもよかったです」と言うと、後から作家の深町さんに、土地を全く褒めてない!とずばり指摘されました。だってさ、実に普通の地味な街! でも阿部さんはだからこそ文学のテーマになり得るのであるとお話されていました。
このイベントに当たって、全部の作品を読み返そうとしたのですが、後回しにした『シンセミア』だけはとうとう読み終わりませんでした。かわりに罪滅ぼし的にイベント前日に佐渡に行って朱鷺を見て来ました。ジェットフォイルに乗ってトキの森公園だけ行って帰ってくるというほんの4時間ぽっちの渡航でしたが、佐渡汽船乗り場のトーテムポールや主人公の鴇谷春生が座っていたジェットフォイルの座席、トキの森公園の飼育室を見る双眼鏡などなど辿ることができてともてよかったです。2万円くらい掛かりました。
一人の作家の作品を一度にまとめて読み返す事なんて初めての事で、そうすると作品同士の共通点が見えてきました。普段は作品の発表ごとに読むので以前の作品を忘れています。作品中で取り扱われるモチーフをピックアップしてポイントで表にして集計すると阿部指数を算出することができました。量と質ともに集大成である『シンセミア』がやっぱり納得の1位で、2位は以外な事に『ミステリアスセッティング』でした。『ミステリアスセッティング』は女の子が主人公という割と異質な作品だったからです。3位が同点で『インディビジュアルプロジェクション』『ニッポニアニッポン』『グランドフィナーレ』と新旧問わない結果でこれまた意外でした。モチーフの取り扱いの軽重を問わず、単に集計しただけという愚直な方法だったのですが、表の丸印の分布にちょっとして傾向があって自分でも面白かったです。こんな読み方は文芸評論家でもやってないと言って阿部さんが褒めてくださったのでとても嬉しかったです。
そのモチーフ別の指数では「暴力」と「死」が1位で、「エロ・セックス」「山形」「諜報活動」が2位でした。文芸作品ではあまり扱われない題材が多いのではないかと思いました。一体なぜ阿部さんは大衆小説ではなく、文芸作品の作家となったのかとても気になりました。どういういきさつで小説家になったのか。阿部さんは元々はあまり小説を読むことなくお育ちになったそうでした。映画ばかり見ていて映画の学校に進学してシナリオを書き始めたそうでした。また映画の評論をされていた蓮見重彦さんや柄谷行人さんらが、文芸の評論もされていてそういった文章に親しみ、また蓮見さんらが執筆されていた『文藝』という雑誌に寄稿したいと思うようになったとの事でした。とても変わっていると思います。
シナリオとはそもそも伝わりやすく描かないといけない文章方式です。また、映像として表現できる事以外書いてはならないというルールがあります。阿部さんはシナリオを書いているうちに、映像化しなくとも文章だけで成立するように書きたくなったそうでした。だからですかね、エンターテイメント色の強いモチーフが多く、また文章も分かりやすいという阿部さんの小説の特徴が形成されたのではないでしょうか。文芸作品に親しまずに文芸作品の作家になった理由が、とても異色で面白いです。
イベントの後、東根市のスナックで打ち上げがありました。阿部さんを熱心に応援する地元の人々が集まってわっしょいわっしょいという感じでとても暖かな雰囲気でした。飲み会は大いに盛り上がったまま進行し、ずいぶんお酒に酔った人もいらっしゃり、そこである事件が起こりました。長くなったのでまた改めてレポートします。