古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

城定秀夫監督の現場

 そろそろ映画監督になろうと思ったんですよ。もう、ささやか映画とか自主映画とか、かれこれ10年近くやってていい加減世間様に認めてもらえるような映画監督になりたいと思って、でも別にこれこれこういう作品を撮って欲しいなんて依頼もあるわけないので、劇場映画を自費で作る計画を立てました。

 あの『デコトラギャル奈美』や『ホームレスが中学生』を手がけ、最新作『タナトス』も控えている城定秀夫監督はオレのマンガの読者さんでもいらしたんですよ。そんな縁で以前トークイベントに呼んでいただいたり、よるひる映研の撮影を手伝ってくださったりしていて、超低予算で傑作をものにする監督としても有名でした。「第二の三池崇史」とも呼ばれています。

 いくらとは言えませんが、その○百万と言われる制作費のうち城定監督の取り分である、監督料、脚本料、編集料を圧縮すれば、オレでも出資できるんじゃないかなと考えました。離婚の慰謝料やそこそこの新車の購入代金と比較してもそんなに違わない金額でオレも映画監督になれるかもしれない! もちろん自主映画で評価されて現場で下積みをして企画を出して監督になるというのが筋ってものですが、そんなの面倒じゃないですか。コンテストなんて落ちまくってるし! 大体企画を出しても、お金を出す人が一番偉いからその人の気に沿うようなものにしないといけない。言われて直したりするのとか面倒だし時間も掛かります。オレは好き勝手やりたいんですよ。だったら自分でお金を出せばいい。


 そんな事を考えていたある日、大学の後輩のある監督の映画でちょっとした役をいただいて出させていただきました。その監督も割りと低予算で作る事が多く、今回もあんまりお金は掛かっていなさそうでした。ところが、ほんのちょっとした場面なのに超丁寧に作るんですよ。適当にさっさと終わらせてしまっても誰もそんなに気にする人もないような場面です。これが作り手側の気持ちなのかと衝撃を受けました。

 それは確かにカメラさんも自分の名前で仕事している以上、変な仕事をしたら信用がなくなるから真面目に取り組むのは当たり前ですよね。オレはそういうの全然分かっていなくて、このままの気持ちでお金を出してスタッフを集めても「いいよいいよそんなのどうでも、それよりこっちの方が大事だから適当にやっつけちゃおう!」なんて言って総スカンを食らいかねないと思った。リドリースコット監督が『ブレードランナー』を作っていた時、スタッフと何かトラブルがあって、総スカンをくらって「イギリス人はイギリスに帰れ」と胸に書かれたTシャツを全員が着て仕事をしたという逸話があります。それにもめげずリドリースコットは傑作『ブレードランナー』を完成させましたが、オレはそんな事になったら大変だ! 現場の作法や空気を知る必要があると痛感しました。

 そこで城定監督に何かエキストラ的なものでいいから現場に携わらせていただきたいとお願いしました。すると、エキストラ兼運転手という役割を与えてくださいました。それが『ツクシちゃん(仮)』というVシネ作品でした。

 オレ自身今特にそんなにマンガの仕事はしていないのですが、それでもそこそこイラストや2ページマンガ、他にもあれこれ、やる事があるんですよ。映画見に行ってポッドキャストを録ったり、それも自演乙な部分はありますが、それでもいつも暇なわけでもないんです。城定監督の現場の朝5時半集合は、車で新潟から直で向かいました。

 「突貫工事みたいな撮影」と城定監督はおっしゃっていて、それでも夕方には終わるだろう、だって朝の5時半からやってたらせいぜい12時間くらいなものだろうと思っていました。2日で撮影するというからには相当なにか、効率的な撮影の方程式を編み出しているに違いなく、それはオレが自分で出資する撮影にも大いに役立つだろうからぱくってやろうと思っていました。

 その日の撮影がまさか21時間も続くとは夢にも思っていませんでした。夕方くらいには終わると思っていたんですよ。そして次の日は朝7時45分に集合で、終わったら午後1時半で30時間も撮影していました。ほぼ3日半の間みんなほとんど寝ないで仕事してるぞ!!! 監督は朝6時には終わると言っていましたが、それでもとんでもない時間だよ!オレは申し訳ないと思いながらも運転手だから居眠り運転するわけにいかないので寝ました。そうじゃなくても新潟から寝ないで運転していたからもう眠くて眠くて耐えられなかったです。

 しかも、そんな戦場のような過酷な撮影でどこか手を抜くとか考えるのが普通じゃないですか!いくらかNGがあって目をつむることがあってもいいかなと、そうなっても誰も怒らないと思います。城定監督は、全てのカットをとても丁寧に情熱を込めて撮るんですよ。そのため2泊4日みたいな恐ろしい撮影になるんですが、作品のクオリティの秘密はそこにあったんです。効率的な撮影の方程式なんて何もなくて、言葉は悪いですが愚直なまでに全身全霊で真剣に撮影していました。丁寧に演出して、工夫して面白い撮影を現場で考えて実践してました。

 こんな現場はスタッフの皆さんの、城定監督への信頼があって初めて成立するものだったんですよ!スタッフの皆さんの仕事ぶりは本当に素晴らしく、監督もそれを受けてたち、役者さんもそんな過酷な撮影にセリフを全部憶えて取り組んでいて超立派でした。オレがお金を出したからって城定監督みたいにスタッフの皆さんが仕事してくれるかと言えば、してくれるわけがないんですよ。信頼や信用がまるでないから! 城定監督だって昨日今日でそんな立場になったわけでなく、助監督として虫ケラ扱いされながら歯を食いしばってやっとの思いで監督になって、懸命に作品を作って評価されてようやく今の立場にいるわけです。オレには絶対に真似できないと痛感しました。撮影時間中、オレは車でグーグー寝てました。

 城定監督、スタッフの皆さん、本当にお世話になりました!!!

 いくつかの現場を見て、映画はどんな予算であってもどのカットも全てとても丁寧に作っている事が分かりました。そしてそれこそが映画なのかもしれません。オレはそれはちょっと無理かな、てことは映画監督にはなれないのかなと途方に暮れてしまったのですが、しかしオレなりのアプローチがあってもいいと思うんです。映画じゃないと言われたら、映画じゃなくなっていいじゃないですか。面白い映像作品だったらいいんですよ。オレのいいところは、逆にいくらかやっつけで仕事ができるところだと自負しています。オレのやっつけ感覚に付き合ってくれるカメラさんがいればいいんですよ。カメラも自分でやれれば一番ですが、そこそこクオリティが欲しいし、演出に専念したいから、そこは交渉してやればいいんですよ。とにかくスタッフを使った自主映画は作った事がないので、まずそこに重点を置いた自主映画を1本作ってみることにした。

 そして、そんな流れで城定監督の作品ではオレのマンガを映画化してそのシナリオも描かせていただく事になりました。それはまた後日改めて書かせていただきます!