古泉智浩の『読書とお知らせ』

マンガ家の古泉智浩です。ココログより引越ししました。

カリオストロ伯爵の純愛

 先日、『ルパン三世カリオストロの城』を劇場で立て続けに2回見たんですよね。デジタルリマスター版を映画館で見れるというので、ちょうど上京日程だったため東京でTOHOシネマズ日本橋で初日に見ました。宮崎アニメは『風の谷のナウシカ』を高校の時に映画館で見てから予備校時代に『天空の城ラピュタ』、大学で『となりのトトロ』と映画館で全部コンプリートして見ていたんですよ。『カリオストロの城』は小学生だったためテレビで初めてその存在を知ったくらいで、映画館に間に合わなかった悔しさがずっとあった。新潟にはTOHOシネマズがなかったので、その時点では新潟で上映の予定がなかったんだけど、後からイオンシネマ新潟西で上映されることになって、新潟で上映するというなら新潟でも見ておくかと、新潟でも見たわけです。

 

 なんど見ても面白いどころか、見るたびにますます面白い。小学生の時にはビデオがまだ普及しておらず、映画のドラマ版レコードなんてのもあったくらいで、見た映画を反芻して楽しむにはパンフレットを読んだり、映画の写真をコマ割りで構成した漫画版みたいなのもありました。オレはテレビで音声をラジカセで録音して寝る時に聴くというのをやっていて『カリオストロの城』も何度も聞いていたため、空でセリフが言えてしまうんですよね。特にカリオストロ伯爵がクラリスの部屋でルパンを地下の下水に落す「減らず口はそれまでだ」という下りはとても覚えていました。

 

 そんなのはさておき、オレ自身が中年になって見た『カリオストロの城』では銭形警部とカリオストロ伯爵にとてもグッとくるものがあったんですよね。

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 確信に変わっているんだけど、カリオストロ伯爵はクラリスと結婚することで国の実権と財宝を我が物にする悪者として描かれているけど、それは間違いです。クラリスのことが本気で好きだったとしか思えない。やろうと思えば婚前交渉もできただろうし、愛人をたくさん設けることもできたはずなのにしてないんですよ。結婚式をきちんと挙げないとセックスしちゃいけないと思っている、もしかしたら童貞なんじゃないかとすら思えるんですよね。趣味と言えばオートジャイロで遊覧飛行をするくらいの可愛らしいものでした。

 

 ここで参考になる映画では、キム・ギドク監督の『弓』という作品があるので、ぜひご覧いただきたいです。『弓』のおじいさんは少女と船で暮らしていて、彼女が16歳になったら結婚するんだと、胸いっぱいにワクワクしている、ところが16歳の誕生日直前にイケメンの青年が現れて、彼女を連れて行ってしまうと言うとても悲しい話です。

 

 カリオストロ伯爵には、クラリスの両親を暗殺した疑惑もあった。それも、もしかしたら少女時代のクラリスを本気で好きなあまり、両親に気持ち悪がられて距離を置くようにされたため頭に来て殺してしまったのかもしれない。

 

 とにかく、修道院から戻ったクラリスはとんでもない透明感の美女に成長していたわけです。うっひょーーー!たまらん!!とむしゃぶりつきたい気持ちがあったでしょう。伯爵は何歳だったんでしょうね、見た感じでは40歳くらいにも50歳くらいにも見えます。そんな中年童貞はそうとうテンションが上がったと思います。それがクラリスにとってはさぞキモかったことでしょう。思わずシトロエンで逃げ出してしまった。逃げてしまうのも何度目か、だったかもしれない。そんなやってるうちにルパンと出会ってしまうわけです。その時のクラリスの服がウェディングドレスだったわけですが、運命を感じて本気で気持ち悪くて思わず逃げ出してしまったんでしょう。

 

 自分が手出ししようにもできず、ウズウズしているだけなのに、勝手に寝室に入ってアクロバット的な身のこなしを披露したり、ポエムみたいな口調で口説いたり、手品なんか見せていちゃついている男がいる!! 見ればクラリスもまんざらでもないどころか、明らかにオレとは態度が違う……ふ・ざ・け・る・な!!!!と頭の先まで真っ赤になって湯気を出して怒り狂ってもそれは仕方がないってもんですよ。オレだって寝室に入る時は超遠慮してるっていうのに、一体なんだあのチンピラは!!! クラリスは王家の血を引くオレより、どこの馬の骨とも分からないコソ泥の方がいいって言うのか。

 

 そうなってしまうと、もうこれは完全にダークサイドに心が行ってしまっても無理はないんです。国の実験と財宝さえあれば、なんだってやっていいやと投げやりな気持ちになってしまっちゃったんだと思います。あとは愛人つくったり風俗行ったりすれば、クラリスなんてどうでもいいやと、薬でうつろな状態にして座敷牢に入れておけばいいくらいの思いで上げようとしたのがあの結婚式でした。どうせ、本当に一番欲しかった「クラリスのこころ」はもう奪われてしまったんだから、夢見た未来はもうどこにもないんだから。

 

 

 

 その後いろいろあって、塔の高いところで、明らかに身軽なルパンと中年のもっさりした体型とバランス感覚で、どう考えても不利な戦いをする。カリオストロ伯爵だってバカじゃないんですよ。ちょっと有利になったからって高笑いしても、それが本気で余裕でそうしているわけじゃないことぐらい本人が一番分かっている。あれは悲しくて、あまりに悲しすぎて強がらざるを得ないだけで、言わば自殺の一環ですよ。冷静になって考えてみれば、カサカサ動く影の軍団の身軽な連中に任せれば済むじゃないですか。

 

 最終的に統計の時針と分針に挟まれて惨めに死んでしまうわけです。この話を聞いても皆さんは「悪者が死んだ、ざまあみろ」と思うことができるでしょうか? 『ルパン三世カリオストロの城』が悲しい中年男の純愛の物語であったことを、分かって欲しい。

 

 このあと、クラリスは女王としてカリオストロ公国のトップに立って大変な思いをすると思います。ゴート札は一体どのくらい刷ったのかとか、国連の裁判所みたいなところに証人喚問されてしまうかもしれないし、武装解除させられて、国連やアメリカが介入して新憲法を制定されたりするかもしれない。国家の存続に四苦八苦すると思うんですよね。これまでは修道院で世間と隔離された生活で、いわば完全なイノセントな状態だったのに、その後は国の裏も表も全部知り尽くして泥をなめたり被ったりして、時には汚い手段をつかうことも、女を武器として使うこともあるかもしれません。死ぬ思いで国家の存続に尽力しないといけない運命が待ち構えております。それは銭形と不二子が偽札の印刷工場を世界中継してしまったせいなんですけど。

 

 そんなクラリスの行く末を、『風の谷のナウシカ』のクシャナ姫に伺うことができます。「わが夫となる者はさらにおぞましいものを見るであろう」と不敵に笑うわけです。その覚悟たるや、巨神兵を復活させるほどの凄まじいものでした。

 

  では最後に、人生が苦く、笑ってばかりもいられない、でもつらいことばかりでもないんだよと優しく語りかけてくれるような名曲『炎のたからもの』をお聞きください。

 

 

 

 

 

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